69 エデンの庭
「さ、ここへお座りなさい」
まだ訳が分からず戸惑っているユリウスをドレッサーの前に座らせると、先ほどはぎ取ったプラトークを首の周りに巻いて、ブーニンは持参した鋏と櫛で、ユリウスの髪を整え始めた。
「こういう時は私を頼って…って、昔言ったでしょう?忘れちゃったの?」
― さびしいわぁ。。。
軽口を叩きながらブーニンは器用にユリウスの髪を整えていく。
「…私の事、皆から聞いたの?」
少し気まずそうな上目遣いで鏡越しにユリウスがブーニンに訊ねる。
「まあね。でも…頼まれたのは…あなたの旦那様からよ。いい旦那じゃな~い。う・ら・や・ま~~~」
そう言ってブーニンがユリウスの白い頬を指でつついた。
「…うん」
「あら!ごちそう様!!…と、出来た。ホラ、どう?ちょっと手ぇ入れると、断然違ってくるでしょ?」
ブーニンがプラトークを外し、整え終わった彼女の頭を手ぐしでラフに整えてやる。
鏡に映った自分の姿を見てユリウスの碧の瞳が輝く。
「ホントだ!長さは殆ど変わらないのに!!すごい!すごいすごい!!ブーニンさんの手ってやっぱ魔法の手だ!」
― ありがとう。ブーニンさん。
「よかった。あなたのお顔に笑顔が戻って。あんな沈んだ顔してたら、お腹の赤ちゃんにも悪いわよ。あ、そうだ。ありがとう…とお礼を言われたついでに」
― ほら、これどう?
ブーニンがユリウスの頭に巻き付けたのは、黒い繊細なレースで作られた、美しい幅広のヘアターバンだった。
「手作りなのよ。やっぱり黒は金に映えるわね。よく似合ってる」
成程黒いレースが彼女の明るい金色の髪によく映えている。
ユリウスは驚きを押さえられず、ただただ鏡に映った自分の姿を茫然と眺めている。
「この…こんな綺麗なレース…一体…」
「これはね、実は私のお人形の…カルメンちゃんのドレスだったの。あなたが髪を切ったことを気に病んでると聞いて、カルメンちゃんにね、「とても勇気のある女性のために、あなたのドレスを使ってもいいかしら?」と訊いたらね「ぜひ使ってあげて」と言ってくれたから…。キャ!どうしたの」
そこまで言ったブーニンの体にユリウスの細い両手が巻き付いた。
そのままユリウスはブーニンの胸に顔を埋める。肩が震えている事から泣いているのが分かる。
「ありがとう…ありがとう…。ブーニンさん。…私…こんなことぐらいで落ち込むなんて…ちっさいね。。。こんなに皆から大切に想われているのに…。バカみたい」
ユリウスのくぐもった声に、ブーニンは自分の胸に顔を埋めて嗚咽を上げているその元同僚の細く華奢な背中を優しく撫で続けた。
「ばかじゃないわよ。…だって髪は女の命だもの。でもその短い髪もチャーミングよ。…自信もって」
ブーニンが優しく小さな金の頭を撫でた。
「ありがとう…ありがとう。…それから、カルメンちゃんにも「ありがとう」って伝えて
。あなたの親切は生涯忘れないって」
尚も震えた声で感謝の言葉を呟くユリウスに「うん、うん」と頷きながらブーニンは優しく頭を、背中を撫で続けた。
作品名:69 エデンの庭 作家名:orangelatte