69 エデンの庭
「おかえり…」
その日の夜遅くアレクセイがアパートへ戻って来ると、迎えてくれたユリウスは出がけにはぴっちりと頭に巻き付けていたプラトークを外していた。
表情もどこか自信に満ち溢れて以前の輝きを取り戻したかのように見える。
「ただいま」
アレクセイは妻を抱き寄せると初めて出会った時から彼を魅了し、愛してやまない彼女の金の頭に口づけた。
「プラトーク、もうやめたのか?」
ベッドに入ったアレクセイが傍らのユリウスの金の巻き毛に指を絡めながら尋ねた。
夫のその質問にユリウスは少し照れ臭げな顔でコクリと頷いた。
「あのね…。今日、ブーニンさんが訪ねてきてくれて。ぼくを抱きしめてくれて「無事でよかった」って言って…それからぼくの髪を整えてくれたの。アレクセイから頼まれたって…ブーニンさん言ってたよ。ブーニンさんだって寝る間もない程忙しいのにね。…アレクセイ、ありがとう。それから…心配かけてごめんね。」
― でね、ブーニンさん。落ち込んでるぼくのためにね、とても素敵なレースの髪飾りを拵えてきてくれたの。幅広の黒いレースで…とても素敵なんだよ。そのレースね、ブーニンさんの大切なお人形さんのドレスだったんだって。こんなにもみんなぼくの事を思ってくれていたのに。。。ぼく、自分がどれだけ恵まれた人間だか…思い知らされたよ。それなのに…みんなの視線をうがった捉え方して…落ち込んだりして。罰が当たるよね。
ユリウスが吐露する心の内にアレクセイは、うん、うん、と黙って相槌をうつ。
「ぼくね、もう髪の事は気にしないことにしたんだ。プラトークを外して…ブーニンさんが整えてくれた髪にレースのターバンを巻いた姿を鏡にうつしたら…なんだかとても晴れやかな顔をしている自分がいた。…ショートヘアの自分も…悪くないなって心から思ったんだ」
「そうか…。よかったな。俺は輝いているお前が戻って来て…何よりも嬉しいぜ。お前はやっぱり…そうやって勝気で小生意気な顔してんのが一番だ」
そう言ってアレクセイは妻の鼻をつまんで左右にゆすった。
「なにそれ~。もう!小生意気は余計だよ!!」
― でも、ありがとうね。
ユリウスはそんな夫の広い胸に短い金の巻き毛をすり寄せた。
アレクセイは妻の小さな頭を抱き寄せ、愛おし気に何度もその大きな手で撫でた。
「なあ、お前は…おばあ様には言うなといったけど。俺、やっぱり言ったんだ。それは隠すような事じゃないと思ったから…。お前の勇気と決断がお前の命を…ミハイロフ家を救ったのだから。これはお前の武勇伝だと思ったからな…」
― そうしたら。。。。
そこまで言うとアレクセイは困ったように鼻の頭をポリポリと掻いた。
「そうしたら?」
作品名:69 エデンの庭 作家名:orangelatte