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70 ~Requiem 1917年9月1日

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「すいませ~ん。お届け物です。…ユリア・ミハイロヴァさん宛…とあるのですが、あなたですか?」

この辺一帯のちょっとした駄賃仕事を頼まれている少年が、ユリアのアパートに一通の封書を届けに来た。

「はい。ユリアは私ですが…」

ユリウスはその少年から封書を受け取った。

「あれ?これ…差出人がないけど」
― ねえ、これどんな人から託された?

封筒を裏返しながらユリウスが訝し気な表情で、その少年に訊ねた。

「う~ん。背の高い…お姉さんよりもやや年上の男の人だったよ。明るい栗色の髪と薄いブルーの瞳だったかなぁ」

「そう…ありがとう。あ、これお食べなさい」

ユリウスはその封書を受け取ると、アレクセイたちが祖母の仮住まいの庭からとってきた杏の実を数個紙に包むとその少年に手渡した。

「ありがとう、お姉さん」

少年を見送ってユリウスはその封書を手にダイニングテーブルに腰を下ろした。

― ロストフスキー…さん?

薄い髪と瞳の色をした背の高いロストフスキーの姿がユリウスの脳裏に浮かぶ。

手渡された封書の封を切る。

中から出て来たのは―、三枚の小さな切手と、懐かしい蹟の短い手紙。

差出人はなかったが、その手紙の筆跡の主は、レオニード・ユスーポフ候だった。

 「これが最後です。最後の届け物です。この切手は必ずや将来あなたのお役に立つことでしょう。この切手を換金するときは、別紙のオークション会社のいずれかに託されたし。」

要件のみの簡素な手紙と、オークション会社と各々の担当者の連絡先が書かれたリストが切手と一緒に同封されていた。

― レオニード?!

かつて右も左も分からない異国の街に乳飲み子と二人投げ出された自分を、対立した立場ながら陰で支え、のみならず一時的に怪我で記憶を失った折に手厚く保護し―、そして愛情の限りを注いでくれた、懐かしい男性の面影がユリウスの脳裏に、鮮やかに蘇った。

ペトログラード中が騒乱の渦に巻き込まれている、その騒乱の中心にいるコルニーロフ将軍の―、あの軍事クーデターに彼も連座していたのだろう。
そして―、自分の夫が再びソヴィエトの中心メンバーとして返り咲き、日々忙しく活動しているその一方で―、彼は敗れ去ったのだ。

― これが最後です。

ユリウスの目がその手紙の冒頭を何度もなぞる。

― これで…最後。

ユリウスの両の瞳から一筋、また一筋、涙が頬に伝って落ちた。

彼女は、かつて自分を愛した、そしてそれと同じように祖国を愛した一人の男の魂に向けて小さく十字を切り、祈りを捧げた。