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71 utopia

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ー シベリアへ送られてからのアナスタシアはね…、彼女曰く、多分誰かはわからないけれど自分の旧知の誰かから口添えがあったのだろう、収容所の暮らしは厚遇されていて、そんなに苦しいものではなかったそうよ。虐待も強制労働もなかったと言っていたわ。
そして流刑自体は、3年ほどで訳のわからない名目の恩赦が下って、釈放されたのだけど…、彼女の、本当の意味の彼女の試練は、出所したその後だったの。

アナスタシアがあんな事件を起こして、おまけに彼女のお姉さんも時をほぼ同じくして、不義を重ねた相手と駆け落ちの末情死…と、娘たちに立て続けに顔に泥を塗られたクリコフスキー公爵は間もなく心労がたたって急死されて…娘たちに体面を傷つけられ何もかも奪われたクリコフスカヤ夫人は、怒りのあまり彼女を絶縁したの。

帰る場所も今までの音楽家としての名声も、生活基盤も、人間関係も…全てを失なったアナスタシアは、家族や知人の多くが暮らすペテルブルクに戻り難く、モスクワで新しい生活を営み始めた。

ただでさえ暮らしが苦しい昨今で、今まで召使いにかしずかれた生活をしてきたアナスタシアが…見知らぬ土地で自活するのは所詮無理な話だった。

工場の女工、カフェの女給…と仕事を転々としていたようだけど、どれも長続きせずに、忽ち生活は困窮を極めた。私が彼女に会った時は…とうとう食べるものもなく、家賃も払えずアパートを追い出されて、万策尽きて日々の糧を得るために身体を売ろうと、女衒の元を訪ねた…その時だったの。

女衒から彼女の身柄を引き取った私は…、即座に彼女と一緒に暮らして生活をサポートしていく事を決めたわ。

それから彼女との同居生活が始まったの。

一緒に暮らしながら下訳など彼女にできる仕事をいくつか紹介して回してあげていたわ。
そうして彼女の新しい人生も少しずつ軌道に乗り始めてきた。

そう…それから、私たちは色々な話もした。

主に…昔話ね。

彼女の遺品の…あのヴァイオリンの駒の事もその時に聞いたわ。

あれは、彼女の亡くなった旦那様が旅先のヨーロッパのどこからか手に入れてきたもので、婚約時代の彼女にプレゼントしたものだったそうよ。…あれ、あなたの、ドミートリイのストラディバリだったそうね。

あのストラディバリを手に入れた時に、弦と駒は取り替えたのらしいけれど、その元のヴァイオリンについていた駒は、アレクセイの形見として大事に取っておいたのですって。

結局ツアー先のウィーンでアナスタシアは自首してそのヴァイオリンは知人に託したのらしいけれど、その駒は肌身離さず、ずっとシベリアに流された時も大切に持っていたのですって。

そんな彼女との日々が…3年ほど続いたわ。

そこまで語るとアルラウネは、長いため息を一つついた。


私たちは、慎ましいながらも結構上手くやっていて、共通の思い出を懐かしく語り合う日々は、楽しかったわ。
それは…多分アナスタシアもそうだったと思う。

あなたの事を話していた時のアナスタシアは、本当に楽しそうで幸せそうだった。

でも…その小さな幸せも長くは続かなかったわ。

彼女、逮捕からの心労と過酷な生活で…、肋膜を病んでいたの。

病状が悪化したのは、革命の年ー、1917年に入ってかしらね。

戦争が長引いて食料事情が極端に悪くなり始めて、何とか持ち堪えていた彼女の体力がとうとうもたなくなった。

「ああ…あの年だな。ペテルスブルグの人間の生活も…酷いものだった。何百人もの市民が冬を越せず、…腹に2人目の子供を身籠ったこいつも…栄養失調と肺炎であわや腹の子ごと命を落としかけた」

アレクセイが当時を思い出しながら、傍の妻と娘に目をやった。

ー あの年からだんだんベッドに臥せっている事が多くなり、年が明けてからは…とうとう起き上がる事が出来なくなった。

彼女、自分の辿った過酷な人生にも、今の暮らしにも、何一つ不平も文句も口にせず、いつも穏やかな笑顔を浮かべて、私に感謝の言葉をかけてくれていたわ。…もっと甘えて、色々な事をぶつけてくれても良かったのに。…本当に芯の強い人だったのね。そんな彼女が…いよいよ立ち上がれなくなって、寝たきりの苦しい呼吸の中で、しきりに「ペテルブルクに帰りたい。家族に会いたい。懐かしい家に帰りたい」とうわごとで漏らすようになった。
…今まで我慢していたのね。でも…そんな彼女の最後の願いも私は叶えてあげられなかった。
彼女が亡くなったのは、一月前。夏の始まりと共に彼女は逝った。
モスクワに身寄りのない彼女の遺骸は、仕方なく共同墓地に埋葬したけど、せめて彼女の一部、遺髪と最期まで大事に握っていたあの駒だけは…、彼女が今際の際まで焦がれ続けた故郷の、クリコフスキー家の墓所に納めてあげようと思って、こちらへ戻って来たの。

そこでー、偶然あなた方に会ったのね。
ふふ…。アナスタシアの導きだったのかしら。

「それと…ドミートリイの な」

ー そうね…。これが、私の、そしてアナスタシアの、1905年から今日までの物語

作品名:71 utopia 作家名:orangelatte