71 utopia
「それで…あんたはこれからどうするんだ?…またモスクワへ戻るのか?」
アルラウネの述懐を聞き覚えたアレクセイが尋ねた。
その質問にアルラウネは首を横に振った。
「いいえ。あちらへは…戻らないつもり。今の私に…あの町は…辛すぎる。それにきっと…アナスタシアの魂もこのペテルスブルグで…やっと安住の地を得たと思うから。私も…暫くはアナスタシアやドミートリイの、愛しい人たちの魂が眠るこの懐かしい地で…暫くは心を休めようかと思って」
「そうか…」
「今は…どこで暮らしているの?」
「取り敢えずは、市内の宿に泊まっているわ。モスクワのアパートは引き払って来たから、これからアパートを探さなくちゃ」
そこまで黙って彼女の話に耳を傾けていたヴァシリーサがおもむろに口を開いた。
「まだ住まいが決まっていないのならば…ここに住めばよいではないのかぇ?」
「え?」
その提案に、驚いたように目を見開き、アルラウネはヴァシリーサを見つめた。
「そんなに驚く事もあるまいよ。…元々あなたは…、ミハイロフ侯爵夫人になる人だったのだから。…それともこんな郊外の古くて小さな屋敷に、老人と一緒に暮らすのは…嫌かね?」
ヴァシリーサのその言葉に、アルラウネは首を横に大きく振る。
ー 侯爵夫人…。ドミートリイの妻…。
愛する人と結ばれその人の夫人となり、家を守るー
あるいは彼女が歩む筈だったー、しかし20年近く前に永久に彼女から奪われたその運命を静かに思い、アルラウネはその言葉を小さく呟いた。
「アルラウネ、今までの分も沢山沢山…ドミートリイの話をしましょう。ここで、私たちの傍にいて、たまにオークネフの手伝いをしてくれないかぇ?…何せ彼も、もう80近いのですからね。アルラウネ、失われていた私たちの時間を…家族の時間を取り戻しましょう」
約20年の時を隔てて、ヴァシリーサが亡き孫の妻となるはずだった傍の女性の手を、再び取った。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte