71 utopia
エピローグ
その日の夜ー
ベッドの中で二人寄り添いながら、アレクセイとユリウスは、今日の、まるで天のドミートリイとアナスタシアが引き寄せたかのような、劇的な再会劇を振り返っていた。
「アルラウネの事は…、ずっと気になっていたんだ。だから、勤務の合間を縫って、1905年以降の彼女の足跡を調べていたのだけど…何も記録には残っていなくて…。組織に属していなくて、しかもモスクワにいたんじゃいくら調べても記録にないはずだね」
アレクセイの腕に抱かれてユリウスが小さく溜息をついた。
「お前は事務局にずっと勤めてたもんなぁ。…そっか。お前も気になってたのか」
「当たり前だよ!ぼくにとってはお姉さんともお母さんとも言うべき人だもの。…彼女がいなければ、ぼくはあなたと離れ離れになった6年間の間に…きっと生活のために身体を売って…身を持ち崩していた」
ー ぼくに生きる知恵を授けてくれたアルラウネは…あなただけじゃなくて、ぼくにとってもかけがえのない師でもあるんだ。
ユリウスは夫の広い胸に頰をすり寄せた。
彼女の柔らかな金の髪がアレクセイの喉元と鼻腔を甘く柔らかくくすぐる。
ユリウスの元の通りに伸びてきて肩甲骨辺りでくるりと波うった髪を、指に絡める。
「…アナスタシアには…随分と苦労をかけちまったようだな…」
アルラウネの語った「あの」事件後のアナスタシアの人生。
アルラウネと再会した時にはまさに身を持ち崩そうとしていた彼女。
叶わぬ恋に己の全てを投げ出した彼女の試練多き生涯に、アレクセイの心中に苦い思いが広がる。
アナスタシアは妻子を持った自分に、なぜ報われない想いを抱き続け、自分の人生全てを投げ打つ事が出来たのだろうか?
それがー、恋の狂気なのか?
そして…例え人生の全てを捧げてくれようとも、やはりその気持ちに、アナスタシアの想いに応えらない自分。
自分にとって、他の何人からー、例え命を捧げられても、その熱い想いを捧げるべき人間は、目の前の妻ただ一人なのだった。
「愛って…残酷だな」
アレクセイが自分の胸に身体を預けている愛しいぬくもりに呟いた。
「?」
「自分の全てを、例え命をも捧げられても…駄目なんだ。心に決めた、ただ一人の人間にしか…愛は捧げる事は出来ないんだ」
夫の言葉に、あぁ、アナスタシアの事なのだな とユリウスが合点する。それと同時に自分の脳裡にあの黒い瞳の将校の姿が思い浮かぶ。
人生を終える最後の日までー、自分を想ってくれていたであろう黒い瞳のロシア帝国軍人ー。
「…そうだね。愛って…残酷だね」
ユリウスも夫の胸に抱かれて、その言葉を呟いた。
〜〜〜〜〜〜
「お前…。今誰か…他の奴の事考えてただろう⁈」
おもむろにアレクセイがユリウスの瞳を覗き込み、妻の心中を勘ぐってきた。
「え?…えぇー⁈…そんな」
いきなり図星を突かれて思わず狼狽えるユリウスにアレクセイが尚も追い打ちをかけてくる。
「イザークだろう?」
ー どうだ?当たりだろう とでもいうように、したり顔で古い友人の名を挙げて来た夫に、ユリウスは思わず大きな目をますます大きく見開いた。
「え?…はぁ〜〜〜⁈」
「だから…イザークだろ?お前の脳裡に浮かんだ男は」
ユリウスの驚愕に、どうだ明答だろうとでも言うように、得意げにアレクセイが頷く。
「ちょっと待ってよ…。何でそこで…イザークが出てくるの?イザークとぼくは…ただの友達だよ?」
ユリウスの言葉にアレクセイが今度は目を丸くする。
「は?お前…イザークの気持ちに…全く気がついてなかったのか?奴が…お前にかけた気遣いや優しさが…本当に、100パーセント、友情から来るものだと思ってたのか?」
夫の呆れたようなワントーン高くなった声に、ユリウスはコクコクと頷いた。
「だって…第一、イザークは…ぼくの事を男だと思っていたから…そんなのおかしいじゃない」
ユリウスが上目遣いで夫を見上げて、弁解を試みた。
「はは…。あははは」
そんな妻の顔が、堪らなく愛しくなり、アレクセイは腹の底から笑いながらユリウスの身体を抱きしめ、金の頭をくちゃくちゃと撫で回した。
「確かに…愛ってヤツは、残酷なものだぜ。あんなに想いを寄せたイザークの恋心が…ホンのちょっとも届いてないんだからな…」
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte