71 utopia
intermezzo
「おはよう」
カーテンの隙間から射し込む秋の始まりを思わせる朝日に、一足早く目覚めたユリウスが、傍で規則正しい寝息を立てている夫の鼻の頭に口づけた。
「あ…?うん…」
鼻の頭に妻の柔らかな唇の感触を感じたアレクセイは、こそばゆそうに形の整った鼻梁に僅かに皺を寄せると、再び夢の世界へと落ちて行く。
「もう…」
ユリウスは、いつも夫が自分にするように、白い指に夫のサラサラの亜麻色の髪を絡めると、ゆっくりと梳き続けた。
「サラサラで…気持ちいい」
ゆったりと夫の髪を手櫛で梳き続けるユリウスの口から思わず微かな鼻歌が漏れる。
髪を優しく梳かれたアレクセイが、気持ち良さそうに妻の方へ寝返りをうった。
〜〜〜〜〜〜
「なあ…昨日お前が…心の中に思い浮かべた奴って…どこのどいつだよ?」
やっと目を覚ましたアレクセイがベッドの上で身体を起こして、ドレッサーの前で髪を梳かしているユリウスに、昨夜の話題を蒸し返す。
拗ねた子供のように唇を僅かに尖らせて、ゴニョゴニョと何とも歯切れの悪い夫の口調に、ユリウスがクスリと小さな笑いをもらした。
「なあに?朝イチから…その話題?」
髪にブラシを入れる手を止めずに、歌うような口調でユリウスがその質問を軽くいなした。
「なぁ…誰だよ」
ベッドから出たアレクセイが妻の背後からその細い体を抱きしめ、鏡に映る妻の碧の瞳に問いかける。
飽くまで穏やかな口調とは裏腹に、鏡越しに妻を見つめる鳶色の瞳には、嫉妬の色がありありと浮かんでいた。
「言えよ…」
背後から回され絡められたアレクセイの両腕を通して、苦いジェラシーと、甘い情熱がない交ぜになった感情が彼女に流れ込んでくる。
「Nein(やだよ)」
手にしていたブラシを置いて、ユリウスは後ろから回されたアレクセイの両腕に自分の手を重ね、鏡越しの夫に向かって答えた。
「言えって…」
彼女の身体に回されたアレクセイの両腕に僅かに力が入る。
背後から妻を抱きしめたまま、彼女の艶やかな金の髪に顔を埋める。
「い、や、だ」
そんなアレクセイのジェラシーを知ってか知らずか、ユリウスは鏡越しの夫に茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると、先ほどよりもはっきりと同じ言葉を繰り返した。
そしてアレクセイに抱きしめられたまま、身体を反転させ、夫の方へ向き直った。
「あなたの心の中に…命がけの愛の誠を捧げてくれたアナスタシアがい続けるように…ぼくの心の中にだって…ぼくへ愛の誠を捧げてくれた人がいるのは…おかしな事?ーアレクセイが一人の男であるのと同じく…、ぼくだって、一人の女性なんだ」
そう言ってユリウスがは、目の前の夫に向かって艶然と微笑んだ。
まるで大輪の薔薇が芳香と共に花開いたような、女盛りを迎えた妻のその笑顔に、思わずアレクセイは言葉を失い眩惑された。
「さ、ご飯食べよ?…今支度するから、テーブルについてて?ー ヤキモチ焼きアリョーシャ」
まるで魔法にかけられたように眩惑されたまま突っ立っているアレクセイの両腕を優しく解くと、ユリウスはいつものようにクシャっと笑って、夫の唇にチュっと音を立てて口付けた。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte