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71 utopia

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番外編 エデンの庭の女子トーク


「ミーチャミーチャ、ちょっとちょっと!」
「あ、はい?」
「なあ、あそこにいる見事なパツキンちゃんはどこの誰だ!?」

バーニャ用の薪割に精を出していたミーチャは、傍で薪を取りまとめている父の同僚のザハロフのいきなりの問いに目を白黒させ指さされた〈あそこ〉に目を向けた。

「・・・えっと、グラチョフさんとこのキーラかな?どうかしました?」
「・・・ああ、おまえは母ちゃんのとびきりの金髪を当たり前のように見てきてるからなんの感慨もないのか~。キーラ・・・?いや、なかなかの輝きだぜーあの御髪!ああ、手触りを確かめてみたい~」
「はあ・・・」

人の髪に対してそこまでの興味を抱ける彼におおいに戸惑う若人は、曖昧に微笑むと作業に戻った。

「ちょっと、ソーニャ!」

マルベリーの木々の木陰で、この新邸に集うボリシェビキ闘士の夫人達がミハイロヴァ夫人に誘われお茶を楽しんでいるさなかのことだった。同志ザハロフがいつもの病気を臆することなく披露している様に、イワノフ夫人リザが憤慨し当のザハロフ夫人ソーニャをせっついていた。

「いいの?あんたの旦那、若い娘の金髪見てよだれ垂らしてるわよ?」
「リザさんたら・・・大袈裟よ・・・」

井戸水で冷やしたハーブティーを口に運びながら、ソーニャはゆったりと微笑んでいる。

「だって・・・あなたは旦那に甘すぎるわ?どうしてそこまで・・・」

ついミハイロヴァ夫人や新参者の奥さん方の存在を置き去りにし、ふだんの二人の遠慮ない口調になってしまった。

「ふふ、いいのよ、金髪コレクションの次くらいには、私の事大事に思ってくれてるから。」

ソーニャは、赤毛のおくれ毛をそっと撫でつけながらゆったりと微笑んでいる。

「ちょっとー何それ?ミハイロヴァ夫人、どう思われます?」

リザは憤慨しながら、人生の大先輩に話をふる。

「まあまあそう興奮せず…私も歳かねえ、若い人の話すことがよく見えなくなりました。要するにソーニャさんは、夫が金髪の女性と浮気しているのに我慢して耐えていると?」

何十年ぶりかで経験する女同士の下世話な井戸端会議にじっと耳を傾けていたダントツの年長者は、なかなかの理解力でその話題についてきていた。

「浮気だなんて!夫は根が優しい人ですし・・・そこまでの度胸もありませんわ」

「それは失礼しましたね。ということは・・・?」

ソーニャの剣幕に目を丸くしながらも、気を悪くするでもなく続きを促した。
――いえ、その・・・。
戸惑う彼女に、すかさずリザが合いの手を入れる。

「この人の旦那はですね、金髪フェチなんですよ!金髪が大好き・・・ユリウスだっておそらく狙われていましたわ!たとえ躰は裏切っていなくても、妻であるあなたを傷つけているじゃないの!」
「金髪・・・フェチ・・・?」

自分の言語中枢では響いたことのない言葉が、年長者の好奇心を煽る。

「あ、あの~」

リザが再びヒートアップしてくるのを見て取ったラーラは、おずおずと間に入ってきた。

「前から聞きたかったんですけど・・・ザハロフさんとソーニャさんて、どうしてその・・・」
「金髪フェチのくせになんで、よりによって赤毛の私とって?」
「いえ、そんな・・・スミマセン」
「男と女の縁など、どこでどうひっくり返るかわからないものだからねえ・・・」
「ミハイロヴァ夫人・・・本当にその通りだと思いますわ」
「二杯目のお茶が必要なようですね」
「やっとネッタがお昼寝してくれた~、あれ?なになに、どうしたの?」

添い寝でもつれた豊かな金髪をほぐしながらやってきたユリウスも参加して、井戸端会議は続いていく・・・。

~~~
夫、ゲラシム・ザハロフとは幼なじみでね。家もつい2軒先で親同士も仲が良かったわ。彼のお母さまはね、それは見事な金髪で美しい人だったわ・・・そう、ユリウスも見事だけれど、巻き毛ではなくストレートだった。彼はものすごくお母さん子でね、綺麗なお母さまをいつも自慢していたわ。赤ん坊の頃から・・・ふふ、その金髪に頬ずりしたまま眠るのが習慣だったそうよ。

「・・・・・」
一同、苦笑いしながらの納得顔だ・・・。

気弱なマザコンタイプだったけど・・・大好きだったわ。私のこの赤毛、周りからよくからかわれたのだけど、彼が言ってくれたことがあるの。

「ソーニャにとてもよく似合ってる、赤毛じゃなきゃソーニャじゃない」って。

子供の頃から、優しい人だった。そんな彼が一時期荒んだのは彼が15の頃、大好きなお母さまが亡くなったときだった。誰とも口をきかなくなって、私の心配も届かなくて・・・彼は心を閉ざしたまま、だんだんと疎遠になっていったの。
しばらくして、笑顔は戻った彼だったけれど・・・その頃から、見かける度にいろんな女の子と親密そうだったわ。そう・・・必ず金髪の女の子。その辺りじゃ評判のプレイボーイってことになってた。彼はお母さまが一番だったから割と無頓着だったけれど、元々ハンサムでモテてたのよね。

ソーニャは一度お茶で喉を潤す。
「女の子達を身代わりにしたわけだ、お母さんの?」
リザがしたり顔で頷いている。

身というより・・・髪よね。金髪への執着が強くなったのはその頃からだと思う。女の子達も憧れの彼に言い寄られて最初は有頂天だけど・・・そのうち気づくの。髪だけが目当てだって。気味悪がってそのうち離れていってたわね。
それでも大概のコは最初は彼になびくのだけど、一人だけどうしても落とせない女の子がいたの。私の友達のアンナは彼のお母さまとよく似たストレートの金髪の持ち主で、彼はなんとしてもその髪に顔を埋めたかったのでしょうね、しつこく言い寄っていたわ。でもアンナは私の気持ちを知っていたし・・・そんなになってもずっと好きだったのよ・・・ある日ついに彼女、我慢できずに言ってしまったの。

「いいかげんにしなさいよ、変態、マザコン!誰があんたなんか。それでもあんたみたいなヤツでも、ずーっと思っててくれてる人がここにいるんだから!いいかげん目を覚ましなさい!」
「ア、アンナ!?」

彼、もの凄く驚いた顔をして・・・気まずそうに見比べてた。アンナと私の髪を・・・。

「・・・この期に及んで・・・重症だわ~」
「はは・・・やっぱザハロフさんだ」
「それで、あなたはどうしたのですか?」
「やっぱり怒りましたよね?」
リザ、ユリウス、ミハイロヴァ夫人、ラーラはそれぞれ呆れながらも身を乗り出す。

私は・・・ずっとそう思ってきたけれど、彼がかわいそうでたまらなくなってしまって・・・どうしたら彼を慰めてあげられるのか一生懸命考えて・・・で、ある日決心したのだけど・・・。

「ソ、ソーニャ!?どうしたの?髪が・・・」
「アンナ・・・どうしよう。あなたのような金色に染めるつもりが・・・う、う、ヒック・・・こんな緑色に・・・」
「あなたったら・・・まさかあんな男のために?」
「だって・・・好きなんだもの・・・私が金髪になって慰めてあげたら彼の心はだいぶ救われるかもしれないから・・・」

すぐにアンナが彼を引っ張って来て、責任を取れと詰め寄ると・・・彼、髪を撫でながら言ってくれたわ。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte