71 utopia
「あ、ネッタ!そっちへ行っちゃダメだよ」
1歳を迎え、かなり歩けるようになったネッタが母親に抱かれた腕の中で、下ろして欲しいと要求する。
地面に下ろすと、その活発な娘は、早足で小道を進み、目の前の角を曲がって行った。
後を慌てて母親が追いかける。
娘を追いかけて角を曲がった所で、ユリウスの耳に、懐かしい声が飛び込んで来た。
「ですから!あの革命の最中に証明なんて、ある訳ないでしょう?この遺髪と遺品は、間違いなく彼女の、アナスタシア・クリコフスカヤ嬢のものです!何度言わせるのよ‼︎」
強気な物言いの、歯切れのいい口調。
「でも…。私どもとしても、何の証明もない遺髪と遺品を、クリコフスキー家の墓所へ埋葬する訳には…」
「何よ!第一証明証明と仰いますけど…じゃあ、この遺髪と遺品がアナスタシアのものではないという証明が、そちらにありまして?」
その女性は妙な理屈で、尚も墓守を追い詰める。
そのピンと伸びた背筋。黒い髪。
懐かしい声と後ろ姿ー。
「おい、ユリウス。どうした?」
ネッタを捕まえたまま、立ち尽くすユリウスに、後から追いついたアレクセイが声をかける。
「アレクセイ…。あれ…」
ユリウスが信じられないといった表情で、少し先にある墓所の前で墓守りを攻め立てている女性の後ろ姿を指差す。
「アルラウネ⁈」
二人が同時に、叫んだ。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte