71 utopia
二人の声に、その黒髪の女性が振り返る。
昔と変わらぬ勝気そうな美貌、後頭部にきっちりと結われた漆黒のシニヨン、伸びた背筋ー。
「…久しぶりだわね。あなたたちもお墓まいり?」
驚きを隠せない二人に、アルラウネはきつめの表情を僅かに綻ばせた。
ー あら、可愛い。…この子は、2人目?…それとも、3人目?4人目かしら?
ユリウスに抱き抱えられたネッタの柔らかな頰に手を伸ばす。
「あ…、ふ、二人目!去年の今頃生まれて。一歳になったばかりなの」
まだ動揺覚めやらないユリウスが、口籠りながら答える。
「そう…。あなたにそっくりの綺麗な子ねえ。名前はなんというの?」
アルラウネのその問いに
「アルラウネというんだ。…俺たちの敬愛する女性の名前を貰ったんだ。…あんたのような聡明で強くて美しい女性に育つように とな」
アレクセイが答えた。
「そして、何よりも…あなたのような優しく愛情深い女性になるようにと」
ユリウスが更に付け加える。
「小さいアルラウネだから、アルラウネッタ。で、普段はネッタと呼ばれている」
「そうなの…。あなた、アルラウネというのね。…初めまして。ネッタ。…私もアルラウネというのよ」
アルラウネが同じ名前を持つ小さな姪ににっこりと微笑むと、彼女の頰に優しく頰を寄せた。
美しい夫人に頰を寄せられたネッタが、伯母に向かって小さな両手を伸ばす。
「あら…あら!」
アルラウネがユリウスから小さな姪を受け取り抱き上げた。
「可愛いわ…。悲しい出来事があったばかりだから…。余計にこういう…小さな健やかな命に触れると…癒されるわ」
アルラウネの言葉にユリウスとアレクセイが、ハッと我にかえる。
「そういえば…あんた、どうしてここにいるんだよ!…さっきアナスタシア…とか何とか言ってたな?」
ふと横を見ると、そこはー、クリコフスキー公爵家の墓所の前。
そこには先ほどアルラウネと言い合っていた墓守が困ったような顔を浮かべて立っている。
「あのう…」
墓守が困ったように切り出した。
「アレクセイ!もう、この人ったら、本当に分からず屋で。あなたからも言ってやって頂戴!私が持って来たアナスタシアの遺髪と遺品をこの人、彼女のものであるという証明がないと、墓所へは入れられない!の一点張りで。本当に頑固なんだから!」
アルラウネがユリウスに姪を返すと、手にしたバッグから二つの遺品を取り出した。
それはー、
生前の彼女の優しさをそのまま移したような柔らかな明るい栗色の髪が一房と、あのストラディバリの駒だった。
「これは…この駒は…まさか…」
「彼女がずっと大切に持っていたわ」
「あのう…」
墓守が再度おずおずと割って入る。
「この人は…、ミハイロフ家の縁の人で、クリコフスカヤ嬢とも親交のあった人だ。俺が保証するから…、この遺品と遺髪を墓所へ入れてやってくれないか?」
アレクセイの頼みに墓守は
「ミハイロフの坊っちゃまがそういうのであれば…」
と遂に折れて、霊廟の鍵を開いた。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte