71 utopia
「あなたも、ここにいるという事は…誰かの墓参りに来たのかえ?」
十数年の確執を溶かしたヴァシリーサが、基本的な質問に立ち返る。
「はい…。今日はアナスタシアの…、一月前に亡くなったアナスタシアの遺髪と遺品を、…こちらの彼女の実家の墓所へ納めに参りました」
「そうかぇ…。あのお嬢さん、お亡くなりになったのかえ…。お気の毒に…。あんな事がなければ、こんな若さで天に召される人ではなかったのに…」
ヴァシリーサの言葉に、再び一同を重たい沈黙が包み込む。
「どれ…私も、彼女の魂に祈らせてもらいましょうかね…」
ヴァシリーサがミーチャに手を引かれ、墓標の前に立つ。
「アナスタシア…、うちのバカ孫の為に…済まなかったねえ。婆ももうすぐそちらへ行くから…、その時に改めてお詫びをさせて貰いますよ」
わざと声に出してヴァシリーサはクリコフスキー家の墓標に詫びを入れた。
「ひでぇな…。ったく。でも、…もしあっちへ行ったら、頼むぜ…」
ヴァシリーサの当てこすりにアレクセイが決まり悪そうに頭をかきながら、祖母にぶつくさと文句をたれる。
「お生憎様だね。私は今の…こうしてひ孫に優しく労られる生活を満喫しているんだ。まだ当分あちらには行きませんよ」
しんみりとした場が、笑いに包まれた。
「…ミーチャね?大きくなって…。本当に時が経つのは、あっという間ね」
アルラウネが、ヴァシリーサに恭しく付き従っている亜麻色の髪の少年に声をかける。
「…ご無沙汰しております…でよろしいのでしょうか?」
母親譲りの美しい碧の瞳が叔母の黒い瞳を真っ直ぐに見つめる。
別れた時にはまだ傍らの歳の離れた妹よりも小さかったこの甥は、今やアルラウネの背丈を追い抜き、声は変声期を迎え、僅かに掠れていた。
「ええ、そうね。…少なくとも初めまして ではないわね」
ー あなた、出会った頃のアレクセイと瓜二つだわ。一瞬…時が20年近く遡ったのかと思った…。
アルラウネが甥の、サラサラの亜麻色の髪を優しく撫でた。
「そんなに…似てますでしょうか?皆に言われるのですが…」
「ええ。そっくりだわ。そう思わなくて?ユリア」
アルラウネに振られたユリウスが、嬉しそうに頷いた。
「さあ、いつまで老人をこんな所に立たせっ放しにしているんだい?立ち話もなんだから、屋敷に戻りましょう。昨日焼いたばかりの、マルベリーのタルトがあるのですよ。戻ってお茶にしましょう。…アルラウネ、勿論来てくれますね?」
「はい…喜んで」
「辻馬車を呼んで参ります」
ミーチャが墓地を出て、辻馬車を止めた。
「さあ、参りましょう」
家族を乗せた馬車が、ミハイロフ家の屋敷に向かって走り出した。
作品名:71 utopia 作家名:orangelatte