永遠にともに〈グリプス編〉6
シャアは怒りに震える拳を握り、小さく深呼吸をすると、少し冷静さを取り戻す。
「つまり、ある程度マインドコントロールを解く事が出来ても、その人物の命令には逆らえない可能性があると?」
「ええ…」
アーネストの肯定の言葉にシャアは唇を噛み締めた。
その後、目を覚ましたアムロをアーネストが催眠療法でトランス状態にして暗示をかけていく…。
周りに人が居てはアムロが集中出来ないと言う事で、シャア達は別室へと移動した。
「兄さん…」
別室に入ると、セイラがシャアに声を掛ける。
カイは2人の邪魔をしないようにそっと部屋を出た。
扉が閉まるのを確認すると、シャアがスクリーングラスを外してセイラに向き合う。
「アルテイシア…。お前には何を言っても許しては貰えないだろうが…。謝らせて欲しい。」
「兄さん…。」
「お前には辛い思いをさせてしまった。本当にすまない。」
シャアはセイラに頭を下げる。
「兄さんやめて!確かに兄さんが復讐に走ってしまったのはとても悲しかったけれど、私と違って、兄さんはジンバ・ラルからザビ家への恨みつらみを散々吹き込まれて、キシリアからもかなりの圧力を掛けられていたと聞いたわ。」
セイラは兄の胸に縋り涙を流す。
「あの時…、刺客が屋敷に忍び込んでジンバ・ラルを殺し、お義父さんに大怪我をさせた時…私たちを殺そうとした刺客から兄さんが命懸けで私を守ってくれた事を覚えているわ!!」
「アルテイシア…」
「あの時…私たちの身を守る為に復讐を決心したのではなくて?」
シャアは自分に縋り付く愛しい妹をそっと抱きしめる。
「…あの時…、初めて人を殺した…。そして、私は鬼になったのだよ…。」
「兄さん!!」
「しかし…、復讐を遂げた後…残ったのは虚しさだけだった…。お前の手を振り払い、どんな非道な事もやって成し遂げたのに、だ。……アクシズで過ごしながら…私の心にぽっかりと空いた穴は埋まる事が無かった。」
シャアはセイラを抱きしめる手に力を込める。
「しかし…、そんな私の前にアムロが現れた。戦時中、私を追い詰めたニュータイプの少年が私の目の前に現れた時…、自分が本当に求めていたものが分かったんだ。」
「本当に求めていたもの?」
「ああ、父が…私が追い求めた人類の革新であるニュータイプ。そして、その美しく、偽りの無い眼差しは私を魅了した。」
何処か儚くて、でも激しく偽りの無いその瞳と心で、メビウスの輪に囚われた私を導いてくれた。
「アムロを…求めていたと?」
「ああ、そうだ。アムロがいるから私は前を向いて歩む事ができる。そして、アムロも私を必要としてくれた。」
シャアからアムロに対する想いがセイラに伝わってくる。
セイラは目を閉じその心を受け止めると、顔をあげてシャアのスカイブルーの瞳を見つめる。
「兄さん…、アムロを本当に救えるのは兄さんだけかもしれないわ…。きっと、アーネストの治療だけでは治らない…。兄さんのこの想いこそがアムロを救えるのではなくて?」
セイラが少し微笑む。
「アルテイシア…」
「兄さんとこんな風に話せる日が来るとは思わなかった。会えて良かったわ。」
セイラのその笑顔に、シャアは前にアムロに言われた言葉を思い出す。
「アムロの言った通りだな…」
「アムロが何か?」
「ああ、いつかアルテイシアと笑顔で会える日が来ると言っていた。」
その言葉にセイラが目を見開く。
「アムロがそんな事を…」
アムロを想い、微笑む兄の優しい瞳を見て、昔の優しい兄の姿を思い出す。
「キャスバル兄さん…」
兄の笑顔に、自然と自分も笑顔になる。
「ふふ、アムロは凄いわね。部屋を用意してあるから今日はゆっくりしていってね。」
「ありがとう。」
微笑む妹にお礼を言う。と、1つの懸念を妹に伝える。
「アルテイシア…」
「何?」
「私は2週間後にダカールで行われる連邦政府議会でブレックス准将の後を継ぎエゥーゴの代表となる。おそらくその際、素性を明かす事になるだろう。大丈夫だと思うがお前にも何らかの影響があるかもしれん。一応用心しておいてくれ…。」
兄のその言葉にセイラの顔が曇る。
「兄さんはあまり乗り気ではないようね。」
「まあな。しかし、このままではエゥーゴは自然崩壊だ。出来ればただのパイロットでいたかったのだがな。」
妹には思わず本音が漏れる。
シャアが自嘲気味に笑うのをセイラは悲痛な思いで見つめる。
「兄さんはアクシズに居たのよね?まさかジオンの復興を考えているわけでは無いでしょう?」
「ああ…。アクシズを出る時の理由として、ジオン復興の為、地球圏へ戻り、反政府運動に加わり動向を偵察するとは言ってきたが正直復興は考えていない。」
シャアの意志を確認し、セイラは少し安堵する。
「数年前にサイド3に…、元ジオン公国に偵察に行ったが、ジオン復興を考えているのは一部の上層部と富裕層だけだ。そして、地球圏から遠く離れ、時間に取り残されたアクシズだけだ…。」
シャアはアクシズに残してきたハマーン・カーンを思い出す。彼女を裏切る事になるかもしれない。しかし、今はジオンの復興の時では無い…。
「アクシズのハマーン・カーンは兄さんがエゥーゴの代表となる事にどう反応するかしら…。」
「そうだな…。何とかせねばならんな…。」
シャアは大きく溜め息をつく。
「兄さん…」
心配気に自分を見つめる妹にそっと微笑む。
「これから色々あると思うが、アムロが側にいて支えてくれたら何とかなると思う。」
「…そうね…」
これからの事を思い、兄とアムロの身を案じる。
「何かあれば言ってちょうだい。私にできる事なら力になるわ。」
「ありがとう…」
シャアはそっとセイラの額に親愛のキスを送る。
すると、そこにドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
セイラが答えると、カイが姿を現す。
「もう、お邪魔しても大丈夫ですか?」
セイラに敬語で確認するカイに、シャアが疑問の声を上げる。
「カイ君はアルテイシアには敬語なのだな。」
自分にはあんなに失礼な口調なのにとは口に出さないが。
「そりゃ、セイラさんだからな。あんたとは違う!」
その物言いにセイラが噴出す。
「兄さんは今までの行いがいけないのよ」
セイラの言葉に軽く肩を上げ溜め息をつく。
「それで、カイ。何かあったの?」
「ああ、アムロの治療が終わった。それでアーネストがあんたに話があるから来て欲しいそうだ。」
カイがシャアに視線を向け、ぶっきら棒に言う。
その態度に、やれやれと溜め息をつきながらシャアはアーネストの元へと向かった。
残されたセイラをカイが見つめる。
「話は出来ました ?見た所和解は出来たようですけど…」
「そうね。アムロのお陰だわ。」
そしてセイラはクスリと笑う。
「兄のあんな優しい笑顔を見たのは、父と母が健在だった子供の時以来だわ。根本は変わっていなくて良かった…。カイ、貴方は兄とアムロの関係を知っていたの?」
その問いにカイが視線を彷徨わせる。
「あー、えーと。まぁ…」
そう答えるカイに少し呆れた視線を送る。
「まぁ、良いわ。」
そして、少し表情を曇らせると、シャアの出て行った方へ視線を向ける。
作品名:永遠にともに〈グリプス編〉6 作家名:koyuho