72 第二部 プロローグ 1919年冬 パリ
「ダーヴィト、知り合いだったのか?」
エットーレが驚いたように、交互にダーヴィトとユリウスとアレクセイを見た。
「ああ…。ドイツの音楽学校の友人だった」
「O Dio!!」
二人の共通の友人のこの陽気なイタリア人が、マルキストの前で屈託なく神を口にする。
「はは…。まさに〝O Dio” だよ」
流石の筋金入りのマルキストも、この邂逅には、素直に神の采配に白旗を上げざるを得なかった。
「あ、これを。Bonne année ! ユリウス」
思い出したようにダーヴィトが手にしていたやどり木の束をユリウスに手渡し、彼女の白い両頬に自分の頬を寄せた。
長い時を経て触れた彼女の頬は、少女の頃よりやや肉が削げ、エレガントな陰影を作り出していたが、昔と変わらず白く滑らかな肌の質感が心地よかった。
「ありがとう。ダーヴィト」
手土産を渡されたユリウスの瞳があの頃のように輝く。
「これは…、OKだよな?」
ダーヴィトがアレクセイに目配せする。
「ああ。別に宗教的な要素は…ないだろう?やどり木は、ロシアでもポピュラーだ」
「そうか。マルキストのご主人様のお墨付きを頂けて安心だ」
ダーヴィトが悪戯っぽく肩を竦めて見せた。
「これ、せっかくだから玄関に早速飾ろうよ」
やどり木を手にしたユリウスが喜々として提案する。
「そうだな。ここを通るやつ皆に、キスさせてやろうぜ」
ニヤリとアレクセイもいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「おーい!誰か、一番デッカイ脚立持ってこい」
アレクセイが、よく通るバリトンボイスでエントランスから使用人に呼びかける。
程なくして使用人がシャンデリア用の大きな脚立を抱えてやって来た。
開いた脚立に早速登ろうと足を掛けた使用人をアレクセイが制する。
「あ~!いい、いい!― 俺がやる」
「でも…旦那様…」
「いい~って!俺がこの屋敷で一番デカいんだから!…お前はすっこんでそこで見てろ!」
恐縮する使用人をよそに、タキシード姿のアレクセイがまるで少年の頃のように喜々として脚立を登っていく。
そんなアレクセイの姿を、これまたあのゼバスの頃のようにキラキラと瞳を輝かせて見上げているユリウス―。
― やれやれ。…こいつら15年近く経っても…昔と全然変わらないな。
二人の姿を眺めていたダーヴィトが思わず小さな笑みを漏らした。
「ユリア、そのやどり木寄越せ」
脚立を登りながらアレクセイがユリウスに長い腕を伸ばした。
「はい」
ユリウスが脚立に数段足をかけ、アレクセイにやどり木を手渡した。
アレクセイが手際よくやどり木をシャンデリアの金具にかけて吊るした。
「よ~し。いい感じだ」
― じゃあ、一番乗りだ!
そういうとアレクセイは、脚立を数段登った妻の華奢な身体を片手で抱き上げて、吊るしたてのやどり木の下で、その唇を激しく奪った。
作品名:72 第二部 プロローグ 1919年冬 パリ 作家名:orangelatte