リハビリ一日トライアル
今の今まで不機嫌な気配を満面に漂わせていた秀吉の顔は晴れ晴れとした笑みに彩られ、その声にも表情にも曇りはない。余りの変わり身の早さに暫し空いた口が塞がらない高虎であったが、秀吉が種子島だの甲冑だの、果ては砦の補修やら何やらを口にし始めた処で漸く自分が嵌められたことに気付いた。
――やられた。
また迂闊なことを言ってしまったと項垂れる高虎の前で、秀吉は先刻までの不機嫌が嘘のようにうきうきと楽しげな表情を浮かべている。恐らくは先刻までの怒りの感情にも嘘はなかったのだろうが、――嘘でないと信じたい、さもなければ己が余りにも不憫すぎる――どうやら高虎の迂闊な一言(それも自分に都合の良いところだけを抜き出して解釈された)で怒りは雲散霧消した、らしい。
高虎は、好きな茶菓子を買ってあげますから、と言いたかったのだけれど、どうやら言い方が悪かったらしい。或いは秀吉の、珍しくも本気で怒り狂っている上に拗ねた気配を感じて慌てていたのかも知れない。
――やっぱり今のは無し、なんて言っても聞いてはもらえないんだろうなあ。
はしゃぎ回った挙句にねねを呼べ、と小者に言いつけている秀吉を横目に見ながら、高虎は諦めの溜息をつく。最早、一体何に怒っていたのだと聞く気勢すら殺がれた。或いは秀吉自身も、自分が何に対して怒っていたのかを既に忘れているかもしれない。
まあ、取り敢えず機嫌が直って良かった良かった、と呟きつつ、高虎は深々と肩を落とす。
――頼むから、俺の身代を食い潰さない程度のものにしてください。
黒煙どころか頭から虹を放射しかねない勢いの秀吉に、果たして高虎の言葉は届くのか、否か。
作品名:リハビリ一日トライアル 作家名:柘榴