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リハビリ一日トライアル

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⑤(あ、やっぱ今の無し!) ソーマとシオ



室内の様子は惨憺たるものだった。
壁には色とりどりの落書きがされて見る影もなく、床には様々なものが散らばっていて足の踏み場もない。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃに乱れ、毛布は雪崩を起したように床へと半分落ちていた。
「おー、ソーマ! おはよう!」
「‥‥‥‥」
ドアを開けた瞬間に聞こえた威勢の良い声に、ソーマは思わず足を止めて渋い顔をした。
日を追う毎に酷くなっていく、室内の散らかりように辟易したのがひとつ。昨日はなかった落書きが床にひとつ、壁にふたつ増えているのを眺めやり、そのうち床も壁もクレヨンの色で塗り潰されて極彩色に染まるのではないかと漠然と思う。尤も、もう少し何とかならないのかと苦言を呈したソーマであったが、自室の有様については人のことを言えた義理ではないだろう、とサクヤに突っ込まれてからは敢えて見て見ぬふりをしている。確かに自分の部屋も余り片付いているとは言えないが、この部屋のように辺り構わず散らかしている訳ではない、というのがソーマの言い分だ。少なくとも自力で片付ける事が出来るレベルで散らかしているのだと言い返してやりたかったが、ならば片付けなさいよとにべもなく言われるのがわかっているから敢えて言わない。
閑話休題。
確かにドア一枚を隔てた室内の荒れ果てようは酷いものではあったが、ソーマが足を止めた理由はもうひとつある。それは自分の名を呼んだ少女の言葉が、昨日に比べて驚くほど流暢になっている事に驚いたからだ。床の上にぺたりと座りこみ、邪気のない瞳で自分を見上げて屈託なく笑う少女。その表情は余りにも自然で、ともすれば彼女がひとではないことを失念してしまいそうだと不意に思った。
彼女は確かに、人の形をしている。しかし色素の抜け落ちたような肌や髪の色はアルビノに比べて尚白く、時にぐにゃりと変形して武器の形を取る彼女の四肢は人のそれではありえない。なまじヒト型を取っているが故に時として目につく違和感は、ソーマのみならずシオの存在を知る者たちにその差異を強く印象付ける。仮にシオの姿がもう少し、アラガミらしさを如実に残していればその違和感は消えたのかもしれない。
――ヒト型のアラガミとして、シオがペイラーの研究室に匿われてから数日。
驚くほど『ヒトらしい』シオの言動は、彼女のことを知る者たちに警戒心より親しみを与え、違和感なく彼らの生活の一部としてその存在は溶け込み始めている。むしろ幼い子供でしかないシオに対し、皆が親身になって世話を焼いていると言うのが実情か。人懐こいシオの性格に瞬く間に絆されたらしいチームの面々は言うに及ばず、研究対象としてシオを見ているペイラーでさえ、まるで自分の娘が出来たかのように接している節がある。無論、ペイラーもシオの生態については様々なサンプルを取りつつ研究を進めているようではあったが、どうもその接し方が実験動物に対するというよりは愛玩動物を可愛がっているようにしか見えない、と言うのがソーマの私見だ。元々研究第一で、他のことについては余り気を配ることがない性格のペイラーである。シオがアラガミであることは重々承知しているのだろうが、逆に言えばヒトではないことなどどうでも良いと思っているのかもしれない。
奇妙な話だ、と一人ごちながらソーマがベッドの端に腰を下ろすと、シオは子犬のような仕草でソーマの足元にじゃれついた。
「ソーマ、今日はみんな何処に行った? 誰も来なかったから、ヒマだったぞー」
そう言って構え構えと言うように擦り寄ってくる様は、まるで人の子供と言うよりも疑う事を知らない小動物の姿を思わせる。ソーマは期待に目を輝かせるシオの様子に苦笑して、その頭を軽く撫でてやった。
途端に破顔するシオの表情は、やはり屈託のない幼子のものだ。目を細めて僅かに俯き、ソーマの掌を受け止める仕草は、素直に可愛いと思える。
――彼女に『シオ』と名付けたのは他でもないソーマだ。
シオは発見された当時から、疑うことなく第一斑のメンバーとペイラーに懐いたが、殊更にソーマに良く懐いた。何故だ、と最初は戸惑ったものの、冷静になって考えれば簡単な話で、ソーマが尤も『自分に近い』存在であることをシオは本能的に悟っているのだろう。他のゴッドイーターの面々も体内に偏食因子を取りこんでいる関係上、一般人に比べればアラガミに近い存在と言えるが、生まれつき偏食因子を組み込まれたソーマは彼らよりも一層アラガミに近い。ヒト型をしているアラガミ、と言う観点から言えば自分もまたシオの同類であるという事を、ソーマは痛いほど理解している。それは同族に会えた喜びと言うより、やはり己はヒトではないのだと言う何とも形容し難い喪失感を生んだ。
形ばかりが人であっても、自分の本質は何処かで何かがずれている、そんな気がしてならない。
それは単なる自虐思考であるのかもしれないが、。
「‥‥ソーマ?」
「あん?」
ぼんやりと宙に視線を彷徨わせていると、不意にシオが小首を傾げる。どうした、と問いながら視線を彼女の双眸に合わせてやると、シオは不思議そうな顔をした。
「ソーマ、泣いてるのか?」
「‥‥‥‥」
「何処か痛いのか? くるしいのか? それとも、おなかすいた?」
「――いや、」
何でもない、と言いかけたソーマのズボンの裾を、シオが掴んで軽く引っ張る。真っ直ぐに自分を見上げてくる視線は、まるで誤魔化すな、と告げるかのようで、ソーマは僅かに気圧された。
――いつの間に、こんな目をするようになった?
保護された直後のシオは、文字通り赤ん坊のような存在だった筈だ。僅かにひとの言葉を理解することは出来ていたがその口調はたどたどしく、語彙も余り豊富ではなかった。感情表現もストレートかつ不器用で、言うなれば喜怒哀楽をそのまま真っ直ぐ表す事は出来たものの、余り複雑な感情を持たず、また他人のそれを理解することも出来なかった筈、なのに。
ここ数日で、シオの知能は飛躍的な進化を遂げている、とペイラーが言っていた言葉を不意に思い出す。元々アラガミは進化と言うものをせず、捕食によって情報を取り込むことで発展してきた種族である。細胞構造そのものを一切変えることはなく、ただ情報の収集とそれに順応する形で多様化してきた存在であるアラガミにとって、『学習』は他生物の進化に等しいものなのだろう。事実、シオの情報吸収能力は驚くほどで、砂漠に水を撒くが如く、彼女は与えられた情報を吸収して学習している。
その成果として感情表現は豊かになり、言葉は語彙を増やして流暢になっていく――しかしその余りの速度にはペイラーも、そしてソーマも舌を巻くばかりだった。
とは言え、流石にアリサのことを『おっぱい』と呼んだ時には皆が慌ててシオに対する教育方針を考え直したものだが(元凶は恐らくコウタか、もう一人の新型辺りだろう)。
作品名:リハビリ一日トライアル 作家名:柘榴