第二部 2(75)近づいてゆく距離
「!」
不意にダーヴィトが部屋のドアの外の微かな物音と人の気配に、耳をそばだてた。
「どうしたの?」
マリア・バルバラのその質問を、口の前に人差し指を立てて無言で封じたダーヴィトがそっとドアの方へ近づいていく。
そして勢いよくドアを開けた。
「誰だ?」
「ヒィ!」
そこにいたのは一人の下男だった。
「ヤーコプ!」
マリア・バルバラがドアの方へ歩み寄る。
「す、すみませんでした~」
ヤーコプと呼ばれたその下男は、部屋の中の二人に盗み聞きがばれ、あたふたと走り去って行った。
「全く。お恥ずかしい所をお見せしてしまったわね…。うちも、お父様が亡くなってから、使用人の統制が緩んできているのかしら。…それにしても、表に人がいると…よく分かったわね?」
マリア・バルバラが大きなため息をついた。
「クラウスやイザークほどではないけど…僕も耳はいい方なんです。―それと、勘もね。微かな足音と人の気配を感じたので。― 今日はお暇します。お茶、御馳走さまでした。…また、何か分かったら伺います」
ダーヴィトは暇を告げ、アーレンスマイヤ家を後にした。
作品名:第二部 2(75)近づいてゆく距離 作家名:orangelatte