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第二部 2(75)近づいてゆく距離

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その日の夜。
食堂で夕食を摂っていたダーヴィトに寄宿生の生徒が声をかけた。

「やあ、ダーヴィト。今日はどこへ行ってたんだい?」

「やあ、エルンスト。― アーレンスマイヤ家だよ。マリア・バルバラさんに会っていた」

「マリア・バルバラさんって…ユリウスの上のお姉さんだろ?ハイミスの」

「ああ、そうだ。彼の…失踪前のユリウスの事をいろいろ知りたがっていたからね。…それに彼女はハイミスじゃないよ。それは聞き捨てならないなぁ」

「すまんすまん。でも、お前も…物好きだなぁ。あのアーレンスマイヤ家に首を突っ込むなんて」

「え?」

「お前知らないのか?あの家は”呪われたアーレンスマイヤ家”って言われてるんだよ。昔からの…それこそレーゲンスブルグ一の旧家なんだけど、先代かな…こないだ亡くなったユリウスの親父さんの代にバイエルンを裏切ってビスマルクの下で働いていたからさ、あいつの親父さん。以来ユリウスのお袋さんが後添えに入る前の夫人の突然死、それからユリウスの親父さんの死、それからユリウスの失踪だ。おまけに事業もだいぶ傾いているようだし…。立て続けに不幸に見舞われて、〝呪われたアーレンスマイヤ家”って街では言われてるのさ」

― やれやれ・・・。オルフェウスの窓に呪われたアーレンスマイヤ家 か。この古い街の人間はよくよくそういった言い伝えや伝説が好きときている。

心の中で独りごちてダーヴィトが思わず小さく鼻で笑った。

「あ、お前今少し俺の事を馬鹿にしただろう?」
ダーヴィトに忠告して鼻で笑われた生徒が少し気分を害した声をあげた。

「ごめんごめん。…ただこの街の人は…そういう言い伝えが好きだなぁと思ってさ」

「ちぇ…。言ってろよ。…でもオルフェウスの窓はともかく、そのアーレンスマイヤ家の呪いは…あながち馬鹿にできないんだぜ。そのユリウスの親父さんの前の奥さん―、前アーレンスマイヤ夫人だな、彼女は死ぬ一日前までピンピンしていて、しかも目立った病歴もなくましてや死ぬような年ではなかったんだからな。ユリウスの親父さんだってそうだ。長い事寝付いてはいたようだけど…、急激にどうこうなるという状態じゃなかったみたいだしな」

「…へぇ」

「気持ち悪いだろ?だから…、お前ももう、あそこの家には深入りするなよ。俺は心配して言ってるんだ!な?」

「ああ。忠告ありがとう。じゃあな、お先」

ダーヴィトは食事を終えたトレイを持って、テーブルを立ち、食堂を後にした。

部屋へ戻りベッドに寝転がる。

― 呪われた、アーレンスマイヤ家…か。

バイエルンを裏切った先代当主の業に家人を次々と襲う不審な死と失踪―。そして、今日の盗み聞き。そして…その使用人の不審な行動…。