第二部 3(76)刑事
「では、また何か新しいことが分かりましたらご協力お願いしますよ」
「…」
そうこうしているうちに、マリア・バルバラの元を訪ねていた来客が用事を終えたようだった。
応接室のドアが開き、その訪問者と苦虫を嚙みつぶしたような顔をしたマリア・バルバラが出て来た。
上背はそれほどないもののガッチリとした体形のその男は、どこか甲虫を思わせた。
これと言った特徴のない顔立ちではあるが、その小さな目の奥に、油断のならない光を湛えている。
その男はエントランスのダーヴィトに目をとめた。
お互いに軽く目礼を交わす。
「おや、あなたは、こちらの…失踪したご子息の御学友ですか?」
制服姿のダーヴィトにその男が訊ねた。
「ええ、まぁ。彼の先輩…に当たるものです」
ダーヴィトの返事にその男の目が光った。
「今日は何故こちらへ…?」
「ただの、お茶会ですわ」
その男の質問を、マリア・バルバラの棘を含んだ声が横から遮った。
マリア・バルバラのその声に、思わず二人が彼女を振り返る。
「ええ…。ただのお茶会です。だいぶ彼を待たせてしまったわ。― もう、お引き取り下さい」
厳格ではあるが常に慇懃なマリア・バルバラらしからぬその物言いに、男は
「それは…大変失礼いたしました。今日は急な訪問だったのにもかかわらず、ご協力ありがとうございました」
と頭を下げて、アーレンスマイヤ家を辞した。
それから後、アーレンスマイヤ家に、そしてマリア・バルバラに深く関わっていくダーヴィトは、この男を折に触れ目にし接触して、時にお互いの手の内を引き出そうときわどい駆け引きを展開して情報合戦を繰り広げる関係になるのだが、その時は、そんな未来が待っていようとは、まだダーヴィトもマリア・バルバラも知る由もなかった。
作品名:第二部 3(76)刑事 作家名:orangelatte