第二部 3(76)刑事
「ごちそうさまでした。それでは」
日が西に落ちかけた頃を見計らって、ダーヴィトがいつも通り暇を告げる。
「おそまつさまでした。気を付けて」
マリア・バルバラがエントランスまで見送りに出る。
「そうだ。― 彼女が、ユリウスが実は女性だという話、執事さん以外にされましたか?」
「いいえ」
「このことは…、誰にも言わない方がいい。こちらの手の内のカードは、たとえ関連がなさそうな事であっても、無駄に相手に見せない方がいい。執事さんにも―」
「分かったわ。― 探偵さん。執事は、心配いりません。余計な事は、それこそ警察にだって一言も喋ったりしませんから」
マリア・バルバラがダーヴィトの懸念をやんわりと途中で制した。
「そうですね」
ダーヴィトの実家も執事という人間を雇う家だからこそ、執事という人間がどういうものであるのか、分かっていた。そうだ、彼はこちらから釘を刺さずとも決してあの事を口外することはないだろう。
「では」
ダーヴィトは、少し躊躇いがちに、でも意を決したようにマリア・バルバラの肩にそっと手を伸ばし、細身の肩を抱くとその白い額にそっと口づけた。
拒絶されるのを心のどこかで覚悟していたが、彼女はそんなダーヴィトの口づけをすんなりと静かに受け容れてくれた。
アーレンスマイヤ家を出たダーヴィトの唇に、いつまでも彼女の陶器のような滑らかな額の感触が残っていた。
作品名:第二部 3(76)刑事 作家名:orangelatte