パラヴェート・ラスト
「はぁ? 何よ、いきなり」
重ねた非難も全く意に介さない態度にわずかに覚えた苛立ちも混ぜて、つっけんどんに言い捨てる。
そんな態度すらも楽しいのか、鷹臣は喉の奥を鳴らすようにして笑う。そして、何かに気がついたのか、視線だけを手元に降ろした。
その先を探ってちらりと真冬も目を落とす。鷹臣の指に、まだ乾き切らない擦れた跡が広がっている。指紋を浮き上がらせる鮮やかな深紅は、にじんだ液体が少なくはなかった事を物語っている。いまだ疼く傷口からも、舌に残る不快な味からもわかっていたが、柔らかい皮膚に穿たれた傷はそれなりに深いもののようだ。食事のときに滲みるだろうか、そう場違いな程暢気な考えが真冬の頭の片隅をよぎった。
「いや、そうやって色着いてると口紅みてぇだなって思ってよ」
「何それ、意味わかんない。血の口紅とかどんだけ趣味悪いのよ」
注がれる視線を遮るように、手の甲で口元を拭いながら悪態をつく。じわりとまた一際鋭い感覚が走って、思わず真冬は顔をしかめた。
「その分じゃ興味もなさそうだな、真冬」
呆れているのか、それとも馬鹿にしているのか。どちらとも取れない表情を浮かべて、鷹臣は真冬の顔をのぞき込む。反発する声が喉まで上りかけたが、実際に鷹臣の揶揄は図星なのだ。反論の言葉が見つかるはずもない。出口を失ってもやもやと胸に残る苛立ちのままに、ああもうと唸って、真冬は鷹臣に突き刺さらんばかりの鋭い視線を向けた。
「まさかとは思うけど、そんなことのために?」
「それこそまさか、だな」
「……じゃあ、どーせ理由もないんでしょ。このサド教師」
「よくわかってるじゃねえか」
嘲笑うような鷹臣の声。けれどすぐに、何かに思い至ったように、そうだな、と独り言のような呟きが続く。
作品名:パラヴェート・ラスト 作家名:緋之元