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【青エク】ブラック・シャック

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「な、なんのことよ……っ」
 後ろめたさから思わず口調がきつくなる。
「だってよー。なんか毛がついてるぞ」
 指差した制服の白い襟にクウの黒い毛がついていた。
「あっ」
「ね、ネコよ! 途中で猫を見つけて構ってたから!」
 頼もしい友人がもっともらしい言い訳を繰り出してくれる。
「マジ? それクロネコだよな? 尻尾、二本あったか?」
 急に勢い込んで奥村燐が尋ねてくる。その勢いに二人とも押された。
「え……ッ?」
「ち、ちがう……、と思うけど……」
「そっか……。ったく、クロの奴どーこ行っちまったんだ? ちょっとオムライスが足りなかっただけじゃねーか。あんなに拗ねることねーのによ……」
 答えて違和感を感じたけれど、それが何なのかを確かめる前に、友人が口を開く。
「ちょっと。奥村こそコッソリ、ネコ飼ってんじゃないの?」
 その言葉に、奥村燐がマズいことを言った、と言う顔をする。
「ヒミツにしといてくれよな」
 照れて、困ったような顔をして笑って見せる顔が、意外と幼いと思ったのは私だけだろうか。
「ふかふかの出来たてビスケットが食べたいなあ。クリームとジャム目一杯のヤツ」
 友人がここぞとばかりに畳み掛ける。こっちが弱み故に怯んだのもどこへ行ったやら。逆に奥村燐の秘密をかたに、ちゃっかりと彼の手料理を味わおうという趣向にすり替えられていた。
「しょーがねーなぁ」
「ゴチになりま~す♪」
「おう、楽しみにしてろ」
 友人の言葉にくっく、と奥村燐が笑った。まんざらでもなさそうな彼の屈託ない笑顔が見られるようになったのは、本当に最近のことだ。今では奥村燐を講師に迎えて、料理や菓子の腕を上げようとする者たちまでいるらしい。
「ホームルーム始めるぞ」
 教師の声がして、私たちはバタバタと教室へ駆け込んだ。

「少し大きくなった?」
 放課後に旧部室棟でクウを構う。くぅん、と可愛らしく鳴き声を上げておもちゃのボールに戯れていたその身体が、朝見た時の記憶に比べて大きい気がする。ほんの少しだが、教室の壁が床から立ち上がったハカマの部分や、遺棄された机や椅子の前を横切る時の脚の隠れ方の比率が違うのではないか? だが、気のせいや見ている位置が違うせいかも知れない。
 結局判断がつかなくなって、考えるのをやめた。
 遊んで、遊んで、と足元にクウがじゃれつくので、ボールを教室の遠く離れた壁に向かって投げてやる。夕暮れの色づいた日差しが差し込む教室で、黒い影になって放物線を描いて飛んで行くボールをクウが嬉しそうに追いかけた。近くの百円ショップで買った安っぽいメタリックブルーのおもちゃのボールがぽん、と床で跳ねる。それが床に落ちていたゴミかなにかに当たったらしく変な角度に跳ねて、今にも飛びつこうと飛び上がったクウの顔にぽこん、と当たった。
 きゃん、とクウは驚いたような鳴き声を上げて、へたん、と床に落ちたかと思うと、慌てて身を起こした。
「クウ? 大丈夫?」
 驚いた行動が余りにかわいかったので笑い声を洩らしながら声を掛ける。と、クウがいきなり低い声で唸り出した。
「え……?」
 今まで聞いたことのない調子に、思わず怯む。こわい、そう思った。
「クウ……?」
 私の呼びかけに、クウがグルルルル、と唸って敵意をむき出しにしてきた。いつもなら呼びかければ、可愛らしく鳴いて応えるのに。可愛いと信じていたはずの存在が、急に得体が知れなくなったような気がした。
「クウ……」
 私が手を出せないでいると、クウがうがぁ、と一声吼えるとぐぐ、と体が一回りも二回りも急激に大きくなったようだ。いつのまにか鋭く大きくなった牙が口元から覗き、目が真っ黒でつぶらな瞳だったはずが今は赤く鈍く光っていた。けして爪を立てることのなかった足からも、鋭く大きな爪が覗いている。
 え?
 目にした光景が信じられず瞬きをする。と、くぅん、と鳴き声がして、何事もなかったようにつぶらな瞳で私を見上げてくるクウがいた。
 ――今のは……、なんだったの?
 私は自分が見たものが信じられなかった。クウを抱き上げる。どこにもさっき見た恐ろしい姿の名残など見られない。
「まぼろし……?」
 ぱたぱたとしっぽを振ってくぅ、と鼻を鳴らして甘える姿からは、想像できない一瞬だった。微かにまだ震えの残る手で、クウを撫でる。が、またクウがうううう、と腕の中で唸り声を上げ始めた。
「ちょ……、クウ?」
 クウの勢いにぞわりと恐怖を感じる。思わず手を離した。すとん、と床に下りたクウが自分に唸り続ける。そんな、と震えが止まらない。姿勢を低くして、低い声で唸り続けたと思うと、また見る間にクウがぞわぞわと膨れるように大きくなる。私は堪えきれなくなって悲鳴を上げた。



「任務かしら」
 携帯電話の呼び出しに慌てて講師が教室を出て行き、祓魔塾の講義が中断された理由を出雲は推測する。
「ついこの前もあったのにな」
「そやな、てか最近多ない?」
 燐の言葉に廉造が答える。
「今日の重火器講習、中止やな」
「僕も詠唱、中止ですわ。また補講入りますなぁ」
 イルミナティの事件後、正十字学園町以外でも悪魔が次々と現れて、正十字騎士團への祓魔依頼が増えていた。その度に学校の授業を欠席し、塾の講義が中止になる。学生及び認定試験の合格が必要な間は補講が行われるが、それでも自習の負担が増えてしまう。
 おかげで、ここ数ヶ月はほとんど休みなしだ。
 大好きな雑貨屋巡りも本屋に新刊を買いに行くことも出来ていない。
 ――まぁ、それでも目的が、いや、余計なことを考えないで済む手段があるだけマシかもしれない。
 何もなくなって、ここ以外に何処にも行く所がない。綺麗さっぱり。全てを辞めて朴のように普通の女の子になっても良いのかもしれない。だけれど、いまさら今までのことや、見聞きして経験してしまったことをなかったことには出来ない。それくらいには、この正十字騎士團やイルミナティに関わってしまっている。この行く末をきちんと自分の目で見届けたい。となれば、腹を括って祓魔師になる以外ない。
 ここまで達観できたお陰で、他の塾生たちよりは思い悩むことなく自習だの講義だのに精を出せるというものだ。
「神木さん、悪魔学、どこまで行きました?」
 子猫丸がそういえば、と尋ねてくる。
「ソロモンの七十二柱のところよ」
「レメゲトン?」
「ソロモンの鍵の方を見てるけど」
 出雲の答えに、子猫丸と勝呂が色めき立つ。
「お前、レメゲトンやらソロモンの鍵やら言うとるけど、借りれたんか?」
 勝呂の疑うような、驚いたような言葉に取り合わず、頷く。当たり前だ。騎士團の書庫で許可を得て閲覧している。
「禁持出しやろ、アレ」
「当たり前でしょ。だから書庫で見てるのよ」
 それかぁ! と勝呂が頭を抱える。何を思ったか、ヴァチカン本部から来た祓魔師、ライトニングに弟子入りした彼は、弟子と言うよりマネージャーのような、おかんのようなことをさせられているらしい。認定試験はどうした、と聞きたいが、それはそれで勝呂なりに納得できなければ先にも進めないのだろう。