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【青エク】ブラック・シャック

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 せいせいした、と言った出雲自身も迷っていないわけではない。それと同じで、誰であっても器用に真っ直ぐばかりには進めない。不器用に立ち止まったり、迷ったり、戻ったりしながら行くのだろう。
 そんなことを思っていると、教室の扉が忙しなく開いた。
「あれ、雪ちゃん」
「なんだ、雪男」
「若センセ」
「奥村先生」
「講義が中断して申し訳ありませんが、皆さんに任務です」
 そう言いながら入ってきたのは、奥村雪男だ。様々な呼び名で呼ばれて一瞬困った顔をしたが、眼鏡を直すついでに顔を引き締めた。
「任務って?」
 燐の自由な発言に、雪男が一瞬不機嫌そうな窘めるような顔つきをする。
「これから説明する所ですよ、奥村君」
 そう言うと、雪男が咳して説明を始めた。
「先ほどフェレス卿から騎士團に通達がありました。正十字学園町内で悪魔が出現したとのことです。皆さんにも任務の補助をお願いします。ランクは中級から上級と思われる、複数体」
「どないな悪魔なんですか?」
 子猫丸が自分のタブレット端末を取り出しながら尋ねる。中には正十字騎士團が関係者に公開している悪魔のデータを彼が自前でまとめたものが入っているらしい。全くマメなヤツね。て言うか、アンタも認定試験はどうしたのよ。
「どうやらこの間捕獲任務があった『謎』の悪魔と思われます」
 えっ、と嬉しさと驚きで声を上げる出雲の視界の隅で、雪男の言葉に子猫丸が残念そうな顔をする。まだ騎士團でデータが公開されていないか、公開されていても大したものではないのだろう。いやいや、それどころではない。あの可愛らしい姿にまた会えるの……?
「捕り逃した、言うことですか」
 勝呂の質問に雪男が肩を一つ竦める。出雲の気持ちなど預かり知らぬ彼らの会話が淡々と進んで行く。そうだ、これは任務なのだ。出雲も頭の隅では判っているのだか、彼女の心を鷲掴みにした姿を思うと、期待に胸が高鳴るのが止められない。今回こそコッソリとどうにかして連れて帰れないかしら……。じゃなくて。
「捕り逃がしたのか、あるいは我々の全く感知しないところへ出現したのか」
 悪魔が物質界《アッシャー》に出てくる場所が予め判っていれば良いのだが、そんなに甘くないのが現実だ。
「ぶった切っていーのか?」
 燐が既に臨戦態勢でお馴染の台詞を吐く。霧隠先生と特訓をしているというから、新しい技でも習得して使いたいのかも知れない。冗談じゃないわよ、ぶった切られて堪るか。大体あの姿を見てよくもそんな物騒な台詞が吐けるわね。
「ぶった切っていい訳ないだろ……」
 雪男の呆れたような溜め息に、燐が判ってたけどな、と言いたげな、それでも少し不満そうに「ちぇー」と口を尖らせる。
「……と、言いたいところですが」
 燐が、いや燐ばかりではない。塾生全員が雪男の言葉に目をぱちくりとさせた。それは出雲も同じだ。
「今回は討伐任務です。前回のように捕獲が目的ではありません」
 そう言うと、雪男は持っていたタブレット端末を操作しながら、教室に据え付けのプロジェクターを起動させた。教室の前方にスクリーンが降りてくる。見かけは古いくせに、なかなかに新しい設備を備えていたりするから、正十字騎士團と言うべきか、理事長のフェレス卿は侮れない。そこへ、真っ黒な凶悪そうな悪魔が映し出された。わざと画像の質を落としているのか、遠方から捉えた映像を限界まで拡大したのか、荒っぽいドットの目立つ動画だ。
「フェレス卿の仮想シミュレーション空間で飼育した、件の悪魔が特定条件化で凶悪化すると言うことが判明したとのこと。今回出現した悪魔もそれではないかと推測されています」
 雪男の言葉に出雲はにわかに信じられなくて、はぁっ!? と声を上げてしまった。塾生たちの驚いた視線が一斉に自分へ向くが、衝撃が大きすぎて構ってもいられない。
「う……そ……、あの可愛い、黒い子犬みたいな姿が、そんな姿になるんですか? 何かの間違いじゃないんですか?」
 思わず詰問口調になってしまう。雪男のせいではないし、ましてやフェレス卿のせいでもない。判っているが、あのつぶらな瞳を、愛らしい表情を思い返すだに、目の前の映像が結びつかない。
「残念ですが……」
 雪男が眼鏡を押し上げながら言う。
 そんな……!
 出雲の落胆を他所に、討伐部隊の出発準備が進められていく。そんなばかな、と言う言葉が頭の中でぐるぐるするばかりだが、出雲の身体は無意識に指示されたことをこなしていく。
「出雲ちゃん……」
 その声にはっと我に返る。いつの間にか輸送バスに乗っていたらしい。隣に座って居たしえみが出雲の手を握る。バスの中で祓魔塾の面々が聞き耳を立てているのが判る。心配そうな眼差しで出雲を見つめてきているのを見て、何だか恥ずかしくなった。
「大丈夫よ」
 しえみの手を握り返し、わざときっぱりとした口調で言う。最初は彼女のことが大嫌いだった。いや、朴以外の友達を作るつもりなどなかった。むしろ、自分を理解してくれる朴だけで良かったし、自分にはどうしてもやらねばならないことがあった。友達だの仲間だのと言って、一挙手一投足に舞い上がったり落ち込んだりして騒いでいる場合ではなかったのだ。だからこそ、一線置いた距離を保って来ていたつもりだったのに。
 押しかけ仲間とか押しかけ友達とかってあるのかしら?
 嵐のように迫って来て、あっと言う間に巻き込まれた挙句、ありのままの出雲を受け入れてくれた。しえみばかりではない。ここに居る祓魔塾の全員が、だ。ピンク頭の二重《ダブル》スパイすらも。
「任務だもの。きっちりやることやるわよ」
 はっきりと言葉に出すことで、揺れていた出雲の気持ちが治まった気がする。そうだ、私は祓魔師《エクソシスト》の候補生《エクスワイア》。どんなに可愛くたって、祓うべき悪魔はきっちり祓ってやる。
 まだ心配そうな顔をするしえみに一瞥をくれる。
「あのねぇ。だいたい手騎士《テイマー》目指してるんだもの。どうしてもってんなら自分で呼び出せばいいのよ」
「さすがは出雲ちゃんだね」
 エヘ、と笑うしえみの笑顔がひどく眩しくて直視できなかった。



 クウとは、毛並みの黒と同じ月夜のない晩に出会った。その日は塾の帰り道で、街灯だけの道は少し恐ろしかったが、ちょっと気になっていた塾講師と話すことができて浮かれてもいた。と、公園の茂みから闇が蠢いて闇の一部がちぎれ落ちたかのように姿を現したのが、クウだった。ケガでもしているのか、腹が空いているのか、ヨロヨロとした歩みで、酷く頼りなかった。
「どうしたの?」
 思わずかけた声に応えるように自分を見上げて来たあどけない顔が、余りに頼りなげで可愛らしくて、もう連れて帰る以外に考えられなかった。
 わずか数日だったが、余りの可愛さにスマホの写真フォルダはクウの写真で一杯になった。
 それが、今や目の前にいるのは、似ても似つかない、見れば身体の芯から恐怖が湧いてくるような姿だ。
 これはもう、こう呼ぶしかない。『バケモノ』と。