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【青エク】ブラック・シャック

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 ――なんであえて僕らと距離とらはるんかわからんけど、戦いではそのクセやめてもらわんと。
 子猫丸の言葉が蘇る。
 そう、あの頃は私にはやらなければならないことがあった。それ以外は必要なかった。だから、チームワークも必要最低限しか関わらなかった。
 けれど、それももう終わった。友達、仲間なんてまだ恥ずかしいけれど、私は過去のしがらみと大事なものを失った代わりに、別の大事なものを手に入れた。そして、この先祓魔師として必要なら何でもやる。苦手なチームワームだって。
 だから、と言うわけではないけれど、本能のままチームワークを無視して突っ込んでいく燐が心配でもあり、呆れてもいるし、他のみんなを危険に晒しているということをちゃんと理解できてないことに腹立たしくもある。その逆に若干羨ましくもあったりもするが。って、なに言ってんのよ、私。
 警戒を続けながらも、頭の片隅で脇に逸れた思考を振り払う。
「よし、彼女を一刻も早く病院へ」
 雪男がそう言いながら毛布で包んだ少女を抱え上げる。これが任務で、切羽詰った状況でなければお姫様抱っこだと乙女モード全開にするところだか、そんなことをしている場合ではない。医療班か病院へ送り届けるまで気は抜けない。雪男と少女を守るように進んで、廊下へ出ようとしたその時、真っ黒な影が目の前に飛び込んできた。
「うわっ!」
「きゃぁっ!」
 とっさのことで思わず悲鳴が上がった。
「何事だっ!?」
 後方支援で防御の魔法円を展開していた祓魔師の一人が、恐怖と驚愕の声音で問い質す。
「もう一体悪魔が……!」
「なんだって!」
 部屋の中で暴れている悪魔より一回りほど小さいだろうか。身体のあちこちから体液を滴らせながら、出雲たちの進路を塞ぐ。
「恐らくそちらの悪魔にやられたのでしょう。怪我をしていて動いていなかったんです。だから我々も気付かなかった」
 雪男が答える。すぐに悪魔と戦わなければならなかったとは言え、状況の確認を怠った全員のせいだ。一足先に我に返った勝呂が防御円を展開した。
「こちらの悪魔は深手を負っています。我々で何とか切り抜けます」
 雪男が両手で抱えていた少女を背後の床に一旦座らせる。悪魔は雪男が言ったように相当な怪我をしている。薄暗い中でぼんやりとしか見えないが血のような体液を滴らせ、身体全体で大きく息をしている。
「しえみさん、彼女を守れるような植物を出してもらえますか」
「はい!」
 しえみが使い魔から太くたくさん枝分かれした植物を呼び出して、檻のように少女を覆った。それを見届けながら雪男が腰のホルスターから銃を抜く。それが合図になったように、出雲たちはいつでも攻撃を出来るように身構えた。ウケとミケが出雲の足元で少し緊張したように姿勢を低くする。珍しいことに宝までがパペットを少し身体の前に突き出していたのが視界の隅に映った。
 こちらの敵意が通じたのか、対峙する悪魔も低く唸り声を上げながら身構える。
 対して部屋の中からは、詠唱による攻撃、竜騎士の銃撃、騎士の剣戟の音に混じって、もう一体の悪魔のおぞましい雄叫びが聞こえている。と、どん! と壁に何かが当たった音がした。
 一瞬身体を撓めた悪魔がこちらへ突進してくる。雪男がそれを待っていたように両手で構えた銃の引き金を引く。同時に塾生たちも攻撃を始めた。出雲も『靈の祓い』を唱える。光の刃と化したウケとミケが悪魔へ向かって尾を引きながら走った。子猫丸の詠唱と勝呂が携行してきたライフルの銃撃、宝のパペットが悪魔に襲い掛かる。
 取り巻くような攻撃に悪魔の身体が一瞬棒立ちになったかと思うと、どうと砂の城が崩れるように瘴気が散り、暗闇に解けるように掻き消えた。
「向こうも終わったようですね」
 雪男の溜め息交じりの呟きに、部屋の中から祓魔師たちが出てくる。
「よー、お前らも無事だったか」
 暴れまくったと思しき汚れが全身についた燐が、同じようにボロボロになった廉造に寄りかかられながら教室から出てくると、暢気に笑った。
「無事だったかじゃないよ、兄さん。命令無視するってどういうこと!」
 雪男が燐につかつかと近寄ると、ごすん、とゲンコツを頭に一つ落とす。
「イッテーな! なにすんだ、このホクロメガネ!」
「僕達は後方支援だっただろ! なにいきなり飛び出してるんだよ!」
 ぎゃあぎゃあと喚く奥村兄弟を横目に、隊長が溜め息交じりに「お疲れさん」と労いの言葉を塾生たちにかける。
「最後は良く乗り切ってくれた。実際助かったよ」
 隊長の言葉に、草臥れた様子で他の隊員たちが頷いた。
「えーと」
 言いにくそうに隊長が咳をする。視線の先には双子がいた。
「僕から一言言わなきゃならないかと思ってたんだけど……」
 互いの胸倉を掴み、反対の手で髪の毛や頬を抓って、今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうな双子を見ながら隊長が苦笑いをする。
「彼が全部お説教してくれちゃったからね。実際のところ、彼の戦力があったから倒せた部分もあるし。そっちの彼も途中から助かったよ」
 廉造へ隊長がちょっと頭を下げる。
「いやぁ、俺は巻き込まれただけですよ」
 廉造がいつものふざけたような態度で答えたのをどう思ったのか。
「ま、必要なものは提出してもらうけどね」
 隊長はにやっと笑ってそう言うと、撤収、と全員に声をかける。
「始末書やな」
「いつものことじゃない」
 背後で未だに揉めている双子を横目で見ながら、勝呂の呆れたような笑い声に、出雲はくだらない、と鼻を鳴らした。
「え、あれ? 俺も始末書?」
 廉造が今気がついたように慌て始める。俺巻き込まれ損やん!? と言う嘆きが、旧部室棟に響き渡った。

「そーいや、あの子どーなったって?」
 旧男子寮の食卓だ。放棄された古ぼけた建物には、奥村兄弟二人しか住んでいない。大きな厨房の中央に据えた調理台を囲んで、燐が腕を振るった料理を皆で食べている。
 いつの間にか始まって、当たり前のようになってしまっている光景だ。
「病院で治療を受けてるよ。経過良好と報告が来てる」
「そっか、よかったな」
 燐が嬉しそうに言って、ピーマンとツナを和えたおかずとご飯を頬張る。一般の人々が悪魔を見てしまった場合のメンタルケアもされているはずで、経過良好ならば大丈夫だと思っていいだろう。
 あ、そーだ、と唐突に燐が出雲を見る。その視線に燐の言いたいことが思い当たって、どき、と心臓が跳ねる。
「出雲、お前アレ、どーなったんだよ」
 うわ、バカ! それを今言うんじゃないわよ! ジャガイモとキャベツの味噌汁を咽そうになって慌てる様子の出雲などまるで気にした様子もない。一緒に食堂に居た勝呂、廉造、子猫丸、しえみに宝の視線がいっせいに出雲に向けられた。出雲は恥ずかしくて、言葉が出てこない。
「出雲ちゃん、あれってなぁに?」
 興味津々と言わんばかりの目つきでしえみが尋ねてくる。止めてよ! 言えるわけないでしょ!
「なんや、顔真っ赤にして」
「え、そない恥ずかしいことなん?」
「志摩さん、そない畳みかけたら話せるもんも話されへんですよ」