BRING BACK LATER 6
「あのねぇ、シロウ。大丈夫、アーチャーはあんたのこと、好きよ。信じられないことかもしれないけれどね。それについては、私が保障する。だって、アーチャーはエミヤシロウなのよ? 自分と元が同じってだけで、嫌悪するわよ普通なら。衛宮くんとアーチャーを見ていればわかるでしょ? 二人とも、絶対相容れないっていつもいがみ合ってる。本来なら、あんたにもそういう反応を示すはずよ。げんに、はじめのころはアーチャーもあんたに散々だったじゃない。それが、今はどう? 物凄ーく扱いが違わない?」
凛に言い含められ、シロウはそうなんじゃないか、と思おうとするものの、
「けれど、俺とは……違う……」
「何が?」
「たとえ嫌いよりも好きに近い方だとしても、アーチャーの好きは……違う……はず……」
シロウには忘れたくても忘れられないアーチャーの言葉がある。
以前、なぜキスやセックスをするのかと訊いたシロウに、“お前が求めるからだ”とアーチャーは、はっきりと答えた。
アーチャーはシロウが求めるから応えるのだと明確に口にしたのだ。
あの時はアーチャーと繋がれていて、アーチャーが不本意ながらもシロウに合わせていたと、シロウは理解している。
今、あの状態が解消されているとしても、たとえ繋がれてなどいなくても、アーチャーのスタンスは変わらないとシロウは認識している。
でなければ、他になんの理由があるのかと、どうしようもない己を真っ当にするためにアーチャーは心を砕いているとしか考えようがないと、シロウの思考は行き詰ってしまう。
「アーチャーは……、違う……」
ぽす、と凛の手がシロウの黒い髪に落ちる。
「それは、自分で確かめなさい。私には答えられないわ。シロウがそう思うのなら、自分でアーチャーに確かめて、納得できるまで話し合うの。でないと、答えはいつまで経っても見つからないままよ」
このところ桜と士郎から“好きな人はいるか?”と訊くシロウの奇行が凛の耳には入っていた。士郎も桜も、血相変えて相談に乗ってくれとやって来たものだから、凛はシロウが何か思い悩んでいると知っていたのだ。
「誰に訊いても同じ。それは、シロウがアーチャーに訊かなきゃ解決しないことよ」
凛のきっぱりとした声に、シロウは小さく頷く。
「遠坂……、俺は――」
スパン!
居間の障子が勢いよく開いた。
不機嫌さを隠しもしないアーチャーが凛を見下ろす。
「ほーら、お出ましよー」
なでなでとシロウの頭を撫でて、凛はアーチャーに目を向ける。
「凛、そいつに触るなと、何度言えばわかる」
「私はシロウの頭を撫でたいときに撫でるの。そんなの、アーチャーに許可取る必要ないでしょー」
「む」
確かにそうなのだろうが、とアーチャーは眉間に深いシワを刻む。
「っと、入り口で立ち止まるなよ!」
アーチャーの背後で士郎が両手に買い物袋を持ったまま噛みつく。
「やかましい。その程度の食材でふらつくな、未熟者」
完全なる八つ当たりに、士郎もすぐに頭に血がのぼった。
「うるせえ! んなとこに、突っ立ってんなって、言ってんだ!」
居間の戸口で言い合いを始めたエミヤシロウたちに、凛は目を据わらせ、いまだ項垂れたままのシロウに目を向ける。
(ちょっと、深刻になりすぎてるのかしらね……)
シロウはこの世界の士郎ともアーチャーともその内面が全く違うのだと凛は気づいた。
シロウは、好きだという気持ちはわかっていると言った。
この世界の士郎が時々吐く“好き”という言葉とは意味合いが違う。シロウの言う“好き”は恋愛感情としての“好き”なのだ。
(それをシロウは理解している……)
だとすれば、この世界の士郎よりもアーチャーよりも、そういう感情が豊かなのかしら、と凛は思うものの、シロウの無表情を思い出し、それはないか、と諦める。
(豊か、というよりも、偏っているのね、きっと……)
こうなると普通の恋愛相談では事足りなくなる気がして、凛は額を押さえて唸ってしまった。
***
「あつ……」
初夏の爽やかさはなりを潜め、今日は真夏日となる予報で、気温はどんどん上がっている。
冬物の衣類や寝具をあらかた干し終えたシロウは、着ていたシャツを脱いで、タンクトップになった。
日に焼けていない肌を焦がすように陽光が降り注ぐ。
「サーヴァントになっても日焼けって、するんだろうか……?」
しばらく腕を眺めていたものの、そんなにすぐに結果がわかるはずもない。照りつける太陽を見上げ、その眩しさに手を翳した。
シロウがこの世界に来た時は冬だった。厳しくはないが冬の長いこの地にも暑い夏が近づいてくる。
「季節を二つ……」
冬は終わり、春が過ぎ、ここに留まることになって三か月が過ぎようとしている。
この身は英霊のまま、だが、その存在意義は失ったまま。
「中途半端な……」
何もかもがはっきりとしない、とシロウは翳した手を額に載せた。
「俺も……半端だ……」
アーチャーには、いまだに訊けずにいる。自分を好きか、と。
そして、もし、好きだというのなら、それは、自分とおなじ感情なのか、と……。
難しい言葉ではない。たった一言、二言でいいというのに、喉元まで出かかった声は萎み、再び胸へと下りていく。
「難しい……」
簡単な言葉であるはずなのに、声に出すのが難しく、シロウは何も訊くことができない。
抱き合うことはできるというのに、肝心なところでシロウは踏み出せない。
「意気地がないところは、英霊になっても変わらないのか……」
セイバーを見送った時も、シロウは何も言えず仕舞いだった。
「そういえば、俺は……、告白とか、したことがないな……」
人間であった頃は、セイバーに好きだという感情を浮かべたのみで、あとは誰かを好きになることなどなかった。
人の生を終え、英霊になって、二度目に好きだという気持ちが溢れたのは、同じ英霊であるアーチャーに対してだった。
「俺は……英霊にしか反応しないのか……?」
自分自身に呆れながら、愚かさ加減に自嘲したくなる。
「愚かな生き方をした俺は、英霊になっても愚かさが抜けないのか……」
シロウは自身を英霊と呼んでもいいかは疑問に思うが、幽霊とも違い、悪魔や怪物でもない。しいて言うなら、英霊のなりそこない、とでも呼ぶべきか。
英霊であって、英霊ではないモノ。
座を持たない、今だけの限定品。
「そんな俺が……何を言ったところで……」
やはり、シロウには、先など見えなかった。
日当りのいい縁側で布団を干し終え、好天のおかげで冬物がひと息に片付きそうだと、アーチャーは快晴の空を見遣る。
「暑くなりそうだな……」
サーヴァントでも普通の人間と同じく暑さや寒さは感じている。人である時間など遠い昔のことであるアーチャーも、やはり過ごしやすい気候の方がいいと思う。
「毛布など、今日は触れたくもないな」
呟きつつ、庭でその触れたくもない毛布を干しているであろうシロウを手伝ってやろうと歩き出した。
セイバーは機能停止中で道場に籠っている。この暑さでも瞑想などできるのだろうか、と半信半疑で思いつつ目を向けた先には、冬物を干し終えたシロウが立っていた。
作品名:BRING BACK LATER 6 作家名:さやけ