BRING BACK LATER 6
「っ!」
慌てて庭へ駆けたアーチャーは、走りながら聖骸布を出す。
「たわけっ!」
「?」
バサッ!
驚くシロウの身体を赤い布が包んだ。
「な……、え?」
戸惑いながらアーチャーを見上げるシロウに、
「こんな格好で、何をしている!」
アーチャーは目尻を引き攣らせ、やや息を乱して怒鳴る。
「シ、シーツと毛布を干して――」
「なぜ、脱ぐ必要がある!」
「あ、暑くて……。脱ぐと言っても、上のシャツだけ――」
「たわけっ!」
ぐい、と引き寄せられ、シロウはすっぽりアーチャーの腕の中だ。
「ア、アーチャー、俺は、暑い、っから、」
「黙れっ、このっ……、人の気も知らないで……」
有無を言わせないアーチャーにシロウは反論することを諦め、黙っていることにした。
だが、照りつける太陽にはじりじりと焦がされるようで、その上に布にくるまれ、しかもアーチャーに抱き込まれ、じわじわと湧く汗がこめかみから流れ落ちる。
「暑い……」
もう限界だ、とシロウが蠢くも、アーチャーは腕を緩めない。
「暑い、アーチャー、暑い、放してくれ」
いっこうにアーチャーは反応しない。
「暑い、暑い、死ぬ、溶ける、暑い、バカぢから、放せ、暑い、気温考えろ、暑い、」
暑い暑いと訴えられ、照り付ける太陽を認識し、ようやくアーチャーは腕を緩めた。
ほっと息をついたシロウの顎を汗が伝う。
首筋も濡れていて、アーチャーは抱き合う時のシロウを思い出してしまった。
こくり、と喉が鳴る。
聖骸布をアーチャーにつき返してくるシロウは、アーチャーを睨んでいる。その眼差しすら誘っているように見えてくる。
「こんな物を被せるな、暑いだろう。アーチャー、聞いていっ、」
シロウを引き寄せるアーチャーはまるで聞こえていない様子でシロウの肩に顔を寄せた。
「アーチャー? 何し――」
びっくう、と肩を竦め、シロウは声を飲んだ。
「な、何を、し、してっ、アーチャー、な、舐めるなっ!」
首筋に舌を這わすアーチャーの肩を押し返すものの、シロウの力では敵わない。
「あ、汗が、アーチャー、汗を、かいて、いるから、は、放し、て、くれ、」
シロウの汗を舐め取るようなアーチャーの行為に混乱し、シロウは身を竦めて訴える。
「だから、放さないのだろうが」
アーチャーの答えに余計に困惑して、シロウは目を白黒させる。
「う……、ンっ、アー、チャ、もう、やめ……」
アーチャーのシャツを握ったシロウの手が震えていることに気づき、ようやくシロウの首筋から顔を上げたアーチャーは、フ、と笑う。
「いい具合にできあがっているな」
暑さのせいだけでなく真っ赤になったシロウの頬に手を添え、満足げなアーチャーをシロウは見上げる。
「と、時と、ば、場所を、か、考え、ろ」
潤んだ瞳で睨まれても効果はない、と笑いながらアーチャーはシロウの頭を引き寄せる。
「こんな格好で私を煽った罰だ」
アーチャーの胸元に額を預け、抱き寄せる腕に身体を預けて、熱くなってしまった身体をどうしようかとシロウは思案する。
「部屋に戻るとするか」
満足げに笑みを浮かべたアーチャーは、むっつりとするシロウを抱き上げ、別棟の洋室へと向かった。
「なぜ、罰を受けなければならない……」
憮然としてシロウが訊けば、
「あんな格好をしていたからだ」
淡々と答えたアーチャーは、肘枕で頭を支え、空いた手でシロウの髪を梳き、シロウの吐息が自身の胸をくすぐるのを感じている。
シロウはアーチャーの背に片腕を回したまま、抱きつくような格好だ。
ベッドのサイズがシングルのため、こうしていないと成人男性二人が寝そべることは難しい。
「前にもそんなことを言っていた……」
「前?」
「遠坂のくれた服を、返却しただろう」
「ああ、あれか」
以前、凛が買い揃えたシロウの服の中でアーチャーは、これはだめだ、と却下したものがある。
襟ぐりの広いシャツで、シロウの鎖骨が見えていた。それをアーチャーは凛に突っ返したのだ。
失礼ねー、と凛は言ったが怒るわけでもなかったのは、凛も何かしら感じるものがあったのだろう。
「アーチャーが露出の多い服を好まないのは知っている。けれど、今日は暑かった」
だから、罰を受ける謂れはない、とシロウは首を仰け反らせてアーチャーを上目で睨む。
シロウが“易々と肌を晒されたくない”というアーチャーの真意に気づくのは、いったいいつになることか。鈍いところは、矯正のしようもない。
それを知ってか知らずか、アーチャーもはっきりと言葉にしない。
「フン、その鬱血の説明が明確にできるのならば許そう」
お前の肌を誰にも見せたくはないのだと言わず、シロウが肌を晒さないようにアーチャーは仕向ける。
「なに? 鬱血?」
シロウは自身の身体を確認する。
「な……」
胸元にいくつも、腹、下腹部、腿にも惜しみなく赤い痕が残っている。シロウには見えないが、背中や首筋などにもふんだんに……。
それに、赤い痕だけではない。赤みを失ったくすみのような痕も合わせると、どこもかしこも露出するには勇気が必要な数だ。
「あ、あんた……」
悔しげに唇を噛むシロウに、アーチャーは両手でその頬を包み、
「この身体、私だけに見せていればいい」
「っ!」
途端に真っ赤になるシロウの鼻先にキスを落としてから唇に移ったキスは、熱く、甘く、濃く、執拗で、シロウは眩暈を覚えながら受け取ることしかできなかった。
そのキスがアーチャーの想いの丈だ、などとシロウには思いもよらない。態度でこれほどに顕わしていても、シロウは気づけない。
鈍さはエミヤシロウの特権だと凛は言うのだが、当の本人たちにとって、それは、やはり由々しき問題でもある。
言葉にできないシロウ、態度で示すアーチャー。
おそらく、互いに半歩でも踏み出すことができるのならば、多少なりとも互いに救われることになるのだろうが、このままでは救いようのないことになりかねない。
凛はやきもきしている。凛だけではなく、桜も同じ気持ちだった。
士郎とセイバーは、こういうことには鈍いので、なるようになるだろう、程度の気持ちで気にはしていないが。
「アーチャー……」
熱く濡れる瞳はアーチャーを映しているというのに、
「士郎……」
甘い声は確かにシロウだけを呼んでいるというのに……。
悲しい哉、エミヤシロウは鈍いのだ。
そして、要らないことを考えすぎる性質でもある。
誰かが手を貸してやらねばならない。
それはやはり、凛と桜だろう。
彼女たちに二人の命運はかかっている……、かもしれないのだが、彼女たちとていまだ高校生。人生の酸いも甘いも知らない、未成熟な少女たちなのだ。
はたしてうまくいくだろうか。
エミヤシロウの命運は、彼女たちに託されつつあった。
***
「桜だったらどうする?」
「え? 私、ですか?」
衛宮邸の居間で夕食後の団欒中、少女二人は実に女子高校生らしい会話をはじめた。
「私は……、やっぱり、お断りします」
「そう? でも、超イケメンで、超頭もよくて、将来有望で、君のことを一生愛する、とか言ってくれる人よ?」
作品名:BRING BACK LATER 6 作家名:さやけ