BRING BACK LATER 6
「だとしても、私が好きじゃないなら、仕方がないですし……」
困ったような笑顔を見せて、桜ははっきりと答える。
藤村大河が何やら、忙しいの! と名残惜しげに恨みがましさを隠すこともなく夕食後にいそいそと帰宅し、凛は“好きでもない人に告白されたら”というお題で桜と話をはじめた。
何気ないふうを装い、なんとも思っていない同級生に告白された子がいて、という設定で凛が持ち掛けたのだ。もちろん、事前に桜とは打ち合わせ済みだ。
「セイバーは、どう?」
「はい? 何がですか?」
食後のデザートであるクリームチーズパイ(アーチャー謹製)を頬張りながら、セイバーは首を傾げる。
「だからー。好きじゃないけど、嫌いでもない人から、告白されたら」
「告白?」
「ええ。好きです、恋人になってくださいって言われたら、セイバーはどうするの?」
「私には経験がありません」
「だから、もし、よ。もしもの話」
「もしも……」
考え込むセイバーに、凛は苦笑する。
「そんなに深刻にならなくてもいいわよ、セイバー。恋人になれる? なれない? どっち?」
「なれないと思います」
「そう?」
「よくはわかりませんが、私にその方への気持ちがないのなら、それは恋人とは呼べないでしょう?」
「ええ。だけど、そのうちに好きになっていくかもしれないでしょ?」
「そんなことがあるのですか?」
「あるんじゃないの? きっかけはどちらか一方的な感情だとしても、一緒にいるうちに好きになっていくことがあるかもしれないじゃない」
「一緒にいるうちに……」
セイバーは口元に手を当てて考えている。
「それは、時間を共有していれば、好意も芽生える、という?」
「そうね。まあ、恋人って括りじゃなくても、仕事仲間とか。セイバーなら……、そうね、一緒に国を支えた人、とか? 今まで関わらなかったから知らなかっただけで、その人の人となりを見ることになって、ああ、好きだなーとか思うこともあるんじゃないのかなって、私は思うけれど……」
「凛は、案外と、ロマン派ですね」
「そうかしら? 可能性の話よ。出会いやきっかけはどうあれ、今、自分がどう思うかってことで変わると思うのよね。だって、好き合って恋人になったって別れる人たちがいるんだもの、逆もしかりじゃない? 人の気持ちって、善しにつけ、悪しにつけ、変わっていくものだしね」
「変わって……」
ぽつり、とシロウがこぼす。
少女たちの会話を聞いていたのか、聞こえてしまったのか、シロウが反応を示した。そんなシロウを傍目に、顔には寸分も出さないアーチャーが、その意識を一手にシロウへと注いでいる。
「シロウも何か経験があるの?」
急に水を向けられて、シロウはブンブンと首を振った。
「何よー、言いなさいよー」
「な、何も、ない」
「そんなことないでしょー」
「本当に、ない」
シロウは凛から顔を逸らし、頑として答えない。
「いいじゃないのよ。私たちもシロウの経験を聞きたいなー」
「そ、そんな、ものは、ない……」
「なーんか意味深に呟いたじゃない。なんなのよー」
「…………何も……」
ぶーぶーと凛に文句を言われ、しつこくせがまれ、シロウは観念したように吐露した。
「ど……、どんなに……強く想っていても……、いつか……消えて無くなってしまうのは……、人だからなのか、と……、思った……だけ……」
ひく、と凛の目尻が引き攣った。
いい感じで流れをシロウに持っていったというのに、ぶち壊しやがった、と凛はガンドを構えたくなる。
しつこく訊くんじゃなかった、と凛は臍を噛んだ。
「シ、シロウ、そんなことは、ありません! あなたの想いはきっと……、その時には、その、ええっと……」
セイバーが何か思い当たる節があるように慰めようとするため、凛は余計に頭を抱えたくなった。
シロウと並んで座っていたアーチャーの眉間に深い深い溝が刻まれていく。
ほら、見なさい。言わんこっちゃない……、とため息をついたのは、凛と桜だけだろう。
桜と顔を見合わせて、今回は失敗ね、と凛は無言で伝えた。
桜が帰宅し、見送るために士郎とセイバーが出て行った居間は、重苦しいどころの空気ではなかった。
もう収拾する気もなく凛はテレビの番を決め込む。
アーチャーは静かにお茶を飲んでいるが、こめかみが引き攣っている。おそらく、今すぐにでもシロウを部屋に連れて行き、いろいろと問い質したいだろう。
だが、今は翌日の食事の仕込みをしているため動くに動けない。ブロックで牛肉を安く仕入れることができたために、アーチャーはついつい気合いを入れてしまった。
なぜ、明日の献立をビーフシチューになどしてしまったのか、とアーチャーは悔やまれてならない。だが、料理に妥協のないアーチャーは、やはりじっくり煮込んで、ホロリと蕩けるお肉にしようと心血を注いでしまう。
「あのさ……」
ずっと湯呑の中の、少々渋くなったお茶を見つめていたシロウが、ぽつり、と声を発した。
凛は聞いていないふりをして、耳だけはそちらへ集中させる。
「アーチャーは、どうするんだ?」
「……何がだ」
不機嫌さを押し殺したアーチャーの声に、シロウは目をしばたたかせて、湯呑を両手で握りしめる。
「……好きでもない人に、好きだと言われたら」
「は?」
アーチャーは苛立ちを抑えるのに忙しく、予想だにしないシロウの問いかけに、間の抜けた声を上げた。
「応えるわけがないか……。あんたは、英霊だからな」
諦めたようなため息をこぼし、シロウは湯呑を持って台所へ向かい、シンクに溜まった食器を洗いはじめた。
凛にはこの先の展開が全く読めない。ドキドキしながら様子を窺うしかない。
アーチャーは何も答えていないというのに、シロウはさっさと話を切り上げてしまった。凛はテレビを見たまま、意識を最大限に居間と台所の二人に注いでいる。
アーチャーはといえば、いまだ座卓についたままで、前のシロウの言葉を反芻している。
(好きでもない者に好意を寄せられたとて、私にはどうすることもできない……)
いずれは座に還るため、凛との契約が終われば強制的にこの世界から消えてなくなる。
それ以上でも、以下でもない。そんな愚問をシロウが訊ねたことに首を捻るばかりだ。
不可解さを抱いたままアーチャーは立ち上がった。使っていた湯呑をシロウに渡し、とろ火で煮込む鍋の様子を確認する。
これも洗ってくれだとか、頼むとか、そういう言葉は一切ない。当然のようにアーチャーはシロウに湯呑を渡し、シロウも何も言わずに受け取って洗う。
その二人のやり取りがスムーズで、こんなにも熟年夫婦感が醸し出されているのに、と凛は頬杖をつきながら台所を、ちら、と見遣る。
“互いに型にはまってしまってから気持ちに戸惑っている”
凛はそう解釈した。
彼らは、そうなるべくしてなっているのだろう、と周りが見てもわかる程なのに、本人たちはわかっていない。
「今さら気持ちの確認なんて、アーチャーはしないでしょうしね……」
ぽそり、と凛は呟く。
作品名:BRING BACK LATER 6 作家名:さやけ