BRING BACK LATER 6
アーチャーの態度を見ていると、明らかにシロウを独占したがっていることがわかる。他人の目を憚ることなくシロウに手を差し伸べることも、あからさまな不機嫌さを醸し出すことも、わざとではないにしろ、存分にその気持ちを露わにしている。
「でも、それじゃ……」
シロウには伝わらないのよね、と凛はため息をつきたくなった。
あれだけアーチャーの傍にいて、シロウにわからないというのが不思議でならない。
四六時中べったりしているということがどういう気持ちの表れなのか、シロウは考えたことがあるのか、と訊きたくなる。
しかも、それがアーチャーだというのに、と凛は歯痒い。
何もかも擦りきれたアーチャーが執着することの稀有さがわからないのかと詰め寄りたくなってしまう。
「だけど……」
それでもわからないというのなら、シロウには何か素直に受け止めきれない事情でもあるのかしら、と二人の背中を見ながら凛は考えていた。
(わかりきったことだ……)
シロウは静かに食器を洗いつつ、アーチャーが渡した湯呑みを手に取ってすすぐ。何も言葉はなくとも、こういうことは勘ぐることなどせずともできる。
(アーチャーは、誰の気持ちにも応えたりはしない。当然、俺になんて、ありえない……。俺は何を期待していたんだ。アーチャーは、俺がどうしようもないから付き合ってくれているだけだというのに……)
食器を流す手指に力がこもる。シロウは、どうしてだ、と訊きたくなる。どうして気持ちに応えないのに、触れ合うのか、優しいのか、気遣いを見せるのか。
(応える気がないのなら……、俺になんの感情も持っていないのなら、もう……、触れないでほしい……)
そう思いながらも、シロウはアーチャーを拒めない。触れられれば受け入れてしまう。触れられたいと思ってしまうゆえに、アーチャーから離れられずにいる。
今は繋がれているわけではない。消えようと思えばいつでも消えることができる。
(けれど……、俺は……)
消えたくないのだ。
シロウはアーチャーと過ごしていたい。
消えてしまえば何もかもが終わりのシロウは、足掻いていたい。まだ、アーチャーと何気ない日々を送っていたい。
「確かに、応えられはしないな」
前のシロウの問いにアーチャーは明瞭な答えを出した。
「そうだな……」
「英霊となったこの身は、本来、人と関わりを持つものではないか――」
「わかってるよっ! そんなことっ!」
声を荒げたシロウをアーチャーは驚いて振り向く。水で流す皿を握りしめ、シロウは項垂れたまま小さく震えていた。
「おい、どうし――」
「あんたは英霊だ。好きだとか言われたって、迷惑なだけだからな」
「いや、迷惑だとは思わないが……」
「迷惑だろう。必要のないことだ、英霊には、無駄なことだ」
決めつけるシロウの言い様に、アーチャーはムッとする。
「何か、思うところがあるようだな。お前も英霊だろうが。そこまで言うのならお前もそうなのだな? お前も、好きだと言われても応えないのだろう?」
ぐ、と奥歯を噛みしめて、シロウは言葉に詰まった。
そんなわけがない、とシロウは喉まで出かかった声を飲みこんだ。不特定多数に応えたりはしないが、アーチャーになら、アーチャーが己を好きだと思ってくれるのなら、と言い募りそうになる。
「我々は、英霊というしがらみに縛られた、ままならない存在だからな……」
そればかりはどうしようもない、とアーチャーは小さな笑みさえ浮かべた。その横顔を垣間見たシロウは、胸苦しさに歯を食いしばる。
「俺が……」
絞り出されたシロウの声が震えていることに、アーチャーは眉をしかめた。
「士郎?」
「俺が……、あんたが好きだと言ったらどうする……。もし俺が、あんたを、好きになったって言ったら!」
「そ、それは、」
「応えられないだろう、英霊だからな!」
水を止め、皿を置いてシロウはアーチャーを睨みつけた。
「な、お、お前には――」
「そんなバカバカしい気持ちになんて、応えられるはずがないっ!」
突然激高する士郎に、アーチャーは驚くばかりだ。
「な、か、勝手に決めつけるな。応えられないわけがない。私は守護者として、殺戮にさえ応じたのだぞ、そのくらい応えることができる!」
目尻が切れんばかりにシロウは目を見開いた。
「あっちゃー……」
居間から様子を窺っていた凛は額を押さえる。
「そん……な、応え方が、あるかっ!」
「そんなも、こんなもない。私はお前に応えてやっ、つ!」
アーチャーの頬をシロウの拳が襲った。
「貴様……」
殴られて、顔を逸らしたまま見返すと、シロウは怒りを顕わにしている。
「あんたは、結局、俺に同情しているだけだ! 俺はどうしようもないからな!」
「な……、同情など、していない!」
「ああ、そうだな! 運命に応えることと、気持ちに応えることを混同しているんだ、同情ですらない!」
「勝手に決めるな! お前に私の気持ちなどわかりもしないだろう!」
「わかるわけがない! わかりたくもないっ!」
シロウの右手に剣が現れた。
「なっ! おい、やめ――」
ドッ!
アーチャーがシロウを宥める前に、シンク下にシロウは倒れ込んだ。
庇う間もなかったアーチャーは、居間に目を向け、主を睨む。
「凛、やりすぎだ」
「家の中で、しかも台所なんて狭苦しい場所で、剣なんか投影するんじゃないわよ、まったく」
凛はシロウが剣を投影した時点で、収拾不可能、とばかりにガンドを撃った。
「加減はしたわよ。だけど、しばらく反省させないと、いつでもどこでも剣を振り回されちゃ、かなわないから」
「しかし……」
「悪いのはアーチャーよ」
「は? なぜ、私が――」
「そんなだから、シロウがキレちゃうのよ!」
アーチャーには意味がわからない。
意味がわからないと言えば、前のシロウとの問答もだ。
シロウが好きだというのなら応えるに決まっている。シロウが好きだと言ってくれるのは、エミヤシロウだということを度外視してうれしいことだ。
だというのに、シロウはアーチャーが応えると言えば怒った。
「何が……何やら……」
「シロウもシロウだけど、アーチャーもアーチャーよ。もう、ほんっと、しばらく顔も見たくない! 部屋でおとなしくしてて!」
凛は怒ったまま居間を出ていった。
***
ノックの音にアーチャーは顔を上げた。
「あの……」
セイバーがドアを開け、隙間から顔を覗かせる。
「凛に聞きました。謹慎中だとか……」
「……ああ」
入ってもいいかと訊くセイバーにアーチャーは頷く。
「シロウは大丈夫ですか?」
「加減をしたとはいえ、ガンドをまともに食らっているからな。体調不良は仕方がない」
シロウは高熱にうなされている。
「凛のガンド……、恐るべし、ですね」
「そうそう撃たれては、堪らんな……」
苦笑を浮かべたアーチャーに、それほど落ち込んではいないようだ、とセイバーは少し胸を撫でおろした。
「あの、アーチャー、敵に塩を送るような気がして、とても嫌なのですが……」
セイバーはそう前置きして、以前、シロウがセイバーに話した過去のことをアーチャーに話して聞かせた。
作品名:BRING BACK LATER 6 作家名:さやけ