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BRING BACK LATER 8

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 いつも、へこませ倒すほど士郎を完膚なきまでに叩きのめすアーチャーの口が何も紡げない。逆に士郎の口からは確かな言葉が滑り出す。
「どういうことだよ? お前、あいつとうまくいってるんじゃないのか?」
 アーチャーを責めるでもなく、士郎もどこか呆然としながら訊いてくる。
「うまく、いっている……」
 そう答えたものの、どういうことだ、と訊きたいのはアーチャーも同じだ。
「……なら、なんだって、あいつは、泣いてるんだ……?」
 アーチャーに答えられるはずもない。今の今まで、シロウに笑みが戻ったと思っていたのだから。
 だというのに、そのあとには泣いているように見えたと士郎は言う。
 アーチャーには、わけがわからない。
「なあ、ちゃんと……、確かめた方がいいんじゃないか?」
 呆然と立ち尽くすアーチャーから洗濯物を引き取り、士郎は静かに訊いた。
「…………言われずとも」
 低く声を吐いたアーチャーは縁側へ上がり、夕食の準備をはじめているシロウの許へと向かう。
「お、おい! ちゃんと、話し合えよ?」
 士郎はアーチャーのただならぬ雰囲気に今さら焦る。台所へと歩いていく背中は、憤りをたっぷりと背負っていた。
 その背が見えなくなり、今さら取り消せないことをアーチャーに告げてしまったと、士郎は後悔してしまう。
「だ、大丈夫、だよな……?」
 半信半疑で思わず呟く。
 アーチャーがシロウに暴力など振るうわけがないと士郎もわかってはいるが、万が一という可能性もある。
「まずったか……? 遠坂に相談してからの方が……よかったか……?」
 またやってしまったかもしれない、と士郎は、自身の考えのなさに臍を噛んだ。
 以前、新都にシロウをひとりで残してしまったことをあれほど悔やんだというのに、今また同じように、シロウに不利益なことを自分はしてしまったかもしれない。
「……っ、と、止めないと!」
 アーチャーが無茶をする前にどうにかしなければ、と士郎は洗濯物を自室に放り込み、足早に台所へ向かう。
 手をかける前に障子が開き、黒いシャツが目の前に見え、士郎は顔を上げた。
「なんだ」
「あ、の、」
 見下ろしてくるアーチャーは思ったよりも冷静な顔をしていた。
「邪魔だ、退け」
 黙って退いた士郎の前を、シロウの手を引いてアーチャーは行ってしまった。取り付く島もなかったが、アーチャーの顔を見て、大丈夫だろう、と士郎は胸を撫でおろしていた。
「無表情だけど、無茶をする顔じゃなかった……」
 そんなことがわかるのは、エミヤシロウだからだろうか、と士郎は台所へ目を向ける。夕飯の準備が途中で放置されている。
「まあ、取り込み中になるだろうしな……」
 いつも占拠されていた台所をこんなことで取り戻しても気分は晴れないが、シロウの代わりに台所に立って、夕飯の準備を引き継いだ。



「アーチャー、どうしたんだ? 俺、今、夕飯の支度を……」
 何も言わずに手を引いていくアーチャーに、シロウの声が萎んでいく。
 部屋に着き、シロウを先に促し、後ろ手に鍵をかけたアーチャーは俯いたままだ。
「アーチャー? あの……」
「微笑っていたのでは、なかったのか……」
「え……?」
「お前は、微笑ったのではなかったのか? そのあと、いつも泣いていた? どういうことだ!」
 目を瞠ったまま、シロウは答えることができない。
「どういうことだと、訊いているだろう」
 アーチャーは足元を見つめたままで、何かを堪えるように声を絞り出している。
 それが怒りを堪えているように思え、シロウの身体は竦んでくる。だが、アーチャーには正直に答えなければと必死に口を開いた。
「な、泣いて、いない」
 本当にシロウは泣いたつもりなどない。
 必死に笑おうとしていた。それがどうにかできたから、アーチャーは喜んでくれたのではなかったのか。
 シロウの方こそ訊きたいくらいだ、自分は笑ってはいなかったのかと。
「小僧が……、お前が微笑んだあとに、泣いているように見えたと、言った」
「…………」
「泣いていたのか? なぜだ? 私は、またお前を傷つけたのか? また、私が……、……っくそ!」
 片手で目元を覆い、アーチャーは悔しげに息を吐く。
 そんなアーチャーの姿を見つめていると、シロウの胸は痛くなってきてしまう。アーチャーを知らないうちに傷つけてしまっていたと気づいた。
「き、傷ついてなんて、いない……。し、士郎は、何か、見間違って、」
「ならば、なぜ今、お前の声は震えている!」
 恨みがましく睨んだ先のシロウは、途方に暮れてアーチャーを見つめているだけだった。
「な……ぜ……、お前が……、そんな顔を……する……」
 途方に暮れるのはこちらだ、とアーチャーが言い募りたくなるのは無理もない。微笑えるようになったとぬか喜びさせられて、実際のところは泣いていた、などと笑い話にもならない。自分は道化かとシロウを責めたくもなる。
「わら……おう、と……」
 シロウの震える唇から声がこぼれた。
「アーチャーに……笑おうと、した、けど……、ダメだった、のか……」
 シロウとて意図してのことではないらしい。
「では、私が見ていた微笑みは、嘘なのか? 仮初なのか? それ以外だというのなら、なんだというのか……」
「きちんと、笑えていると……思っていた……」
「それは……」
 シロウの言葉を裏返せば、表情を作ったと言っているのと同じだ。
 アーチャーのために笑顔になろうとした、と言うのだ。自ら笑いたくて笑っているのではないということは明白だ。
「私が……、すまない、私がやはり、お前を傷つけていたのだな……」
 違う、とシロウの唇は動いたが、声にはなっていなかった。首を振り、違うのだと伝えようとしているのは、アーチャーにもわかった。
「ち……っ……ぁ……」
 うまく声が出せないのは、シロウが動揺している証だ。シロウが動揺すれば、またベルトが現れるかもしれない。
 迷いながらだが、アーチャーはシロウの腕を掴み、引き寄せる。
 シロウを抱き締めたアーチャーの手は微かに震えていた。
 憤りも、自己への怒りも、ままならない想いへ対する虞(おそれ)も、そして、何よりやるせなさで、アーチャーの感情は千々に乱れてしまって収拾がつかない。
 アーチャーの震えを感じているシロウもまた、やるせなくてアーチャーの背に手を回せない。
「俺は……傷ついてなんて……いない」
 ぽつり、と、こぼれた声とともにシロウは霊体となってアーチャーの腕の中から消えた。
「っ……」
 アーチャーは追えなかった。
 シロウを追わなければと思うものの、身体が動こうとしない。
「なぜだ……、士郎……」
 アーチャーには御しきれない。この感情も、シロウのことも。
 ただ傍に在りたいと願うことは、これほどに難しいことだったのかと、その場に膝をつき、拳を床に打ちつけた。
「何が正解だ!」
 シロウを求めることも、シロウを好きだと思うことも、何が間違いなのかと問いたい。
作品名:BRING BACK LATER 8 作家名:さやけ