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BRING BACK LATER 8

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「わからない……だろう、けど、アーチャーには……」
「何が……だ……」
「こ、応えられ、っない、だろう、けど、っ……」
 川べりの公園に敷き詰められた石畳が滲んでいく。
「何も、望まな、っい、からっ、」
 ひく、と喉が引き攣って言葉に詰まり、握りしめた拳にさらに力を籠める。
「士郎? 何を、」
「あ、あんたが、好き、だよ……、ごめ、っな……」
 シロウはあふれる涙を拭うこともなく、ただ苦しく、ただ申し訳なく、その告白を遂げた。
 還る場所のないシロウには、今、この現界する世界がすべてだ。
 逆にアーチャーは、凛との契約が切れても、座に還り、永遠に守護者として働き続ける。
 そのアーチャーに向かってこんなことを言うのは無駄で、些細なことで、アーチャーの心の襞にもかからない些末事だとわかっている。それでも、シロウは伝えられずにいられない。過去、シロウは何も言えずに好きだった人を見送った。
 あんな思いは二度と嫌だと思った。
 たとえ今度は消えるのが自分であっても、アーチャーに何かしらの感情を返してはもらえなくても、それでも伝えたかった。
「……ごめ、っ、な……さ……」
 そして、謝らなければならない。アーチャーには傷ついてほしくないと思っていながら、アーチャーの心に引っかき傷でも残しておきたいと、身勝手な我が儘をシロウは願ってしまったことを。
「こんな、ことは……、っ……許される、ことじゃ…………な、い……」
 セイバーはどんな気持ちで自分に愛を告げたのだろう、とシロウは思う。
 こんなに苦しいことを、彼女は笑って遂げた。
 やはり、彼女はすごい人だと、シロウは改めて思う。彼女には、やはり何も適いはしない、と。
「だけ、ど、好――」
「たわけ」
 アーチャーの声が聞こえて、口を噤む。その顔を見る勇気は、シロウにはなかった。罵倒されるならばいいが、この場で消し去ってやると言われれば、もうここでシロウの二度目の生は終わりを告げる。
 ただ恐ろしい時間だった。
 アーチャーが次の言葉を紡ぐまでの数瞬が、ひどく長く感じる。
 項垂れて、溢れて止まらない涙にようやく気づき、拳で拭う。身体が震えて仕方がない。もう消えて無くなるのならば、最後にアーチャーの、恋をした人の、どうしようもなく好きになってしまった人の顔を見ておきたいと思うのに、シロウはどうしても顔を上げられない。
「このっ、」
 アーチャーの声に、びく、と身体が竦む。何を言われるのかと恐々としていたシロウは、近づく足音に怯え、殴られるのを覚悟して身を硬くした。が、予想に反し、キツく抱きしめられて、息が詰まりそうになる。
 何が起こっているのかがシロウにはわからない。
「たわけ! 何を謝る! 好きだと言って、なぜ、謝る必要がある!」
「え……」
 予想だにしない答えだった。アーチャーは、いったい何を言っているのかと、理解に苦しむ。
「だ、って、こんなのは、迷惑な――」
「そんなわけがあるか!」
 アーチャーの言葉の意味は解せず、ただ身体が竦んでしまう。アーチャーの怒声の意味がわからず、怒鳴られているという事実だけがシロウには明確なことだ。
 やはり許されないと諦め、アーチャーの断罪を待つことができず、シロウは口を開いた。
「契約を、解除してくれ……」
 どうにか声に出すことはできた。今すぐ消し去られるよりも、契約を破棄され、ギリギリまで存在して、アーチャーを遠くからでもいいから見ていたい。未練がましいとは思うが、もうその手段しかないとシロウは思っている。
「な……に……?」
 アーチャーの腕が緩んだ隙に、その胸をシロウは押し返す。反動でアーチャーは後退った。
「あんたに……迷惑ばかりを……かけるわけには、いかない……」
 だから契約を解除してくれと、シロウは俯いて声を絞り出す。
 涙腺が壊れてしまったのかと思うほど、涙が溢れていく。やはりアーチャーの顔を見ることはできず、シロウは俯いたままで契約解除をと何度も繰り返した。
「な……にを、馬鹿な……ことを……」
 アーチャーは言葉を紡げず、呆然とシロウの俯いたつむじを見下ろす。
(ああ……、こいつは馬鹿だ……)
 そして己も馬鹿だとアーチャーはため息をこぼす。
(恋とは、なんと身勝手な想いだろうな……)
 自身の想いばかりを相手に押しつけ、気づけば、何よりも大切だと思う相手を傷つけ……。
 やはり盲目なのだ、恋する者は。周りも、その、想う相手さえも見えていない。
(私は、この士郎を守りたかった。士郎の心を大切にしたいと、大事にしようとしていたというのに……)
 その自分自身がシロウを傷つけるとは、本末転倒だ、とアーチャーは自身に舌打ちをする。
(私を好きになったことを、大罪を犯したように謝り、堪えきれない雫を落とし、拳を握り、歯を喰い縛り、俯いて、契約を……、解除してくれと……っ!)
 知らず握りしめていた拳を開き、そっとシロウへと差し伸べる。だが、シロウは身動きをしない。
 俯いているが、アーチャーの手が見えていないはずがない。
 アーチャーが手を差し出せば、シロウはどんな時でも手を重ねてきた。
「士郎……」
 呼んでも差し伸べた手を取らない。シロウは全く反応を示さない。
 それがシロウのなんらかの意思なのか、ただ単に身動きができないのかはわからない。だが、
(士郎から動けないのなら、私が動けばいい。そんな簡単なことが、私にはわからなかった……)
 アーチャーは踏み出した。
「士郎」
 たったの二歩半。シロウとの距離は三歩に満たない。
 この隔たりにアーチャーはずっと気づかないまま、いや、気づいていながら見ないふりをしていたのかもしれない。
 シロウの両肩に手を置き、
「士郎」
 アーチャーは、また名を呼ぶ。
 シロウは反応せず、顔も上げない。ならば、自分が屈めばいい、と屈んで俯く顔を見上げる。
「士郎」
 目を逸らし、こちらを見ないシロウに、アーチャーは静かに話す。
「ずっと言えなかった。いや、言うことを失念していた。お前が、私を受け入れてくれるものだから、私はそれが、当然だと思っていた」
「なに……が……だ……」
 掠れた声がシロウの唇からこぼれる。
「私は、お前が好きだと」
「それは……ちが、う……」
「違わない」
「無理をして、俺に、応えてくれなくて、い……」
「そういうことではない」
「あんたは、俺が、求めるから……、ただ、応えて――」
「士郎がそっけなかろうが、私に溺れていようが関係ない。私の想いは私だけのものだ、士郎に否定される謂れはない」
「だけど、あんたのは、守護者と同じで、」
「違う」
「同じだ。博愛主義者の、あんたには――」
「誰が博愛主義だ。ふざけるな。私は誰彼かまわず好きだなどと言わない」
 口ごもってしまったシロウの頬にそっと触れるが、シロウはその手から逃れるように顔を背けた。
「士郎……」
 シロウの逃げ道を塞ごうと反対側の頬にも手を添えて、アーチャーは躍起になる。
「お前が欲しい。お前を離したくない。誰にも渡さない。私だけを見ていてほしい」
 右も左も、どちらにも逃げられなくなったシロウは、両の拳で顔を覆ってしまった。歯を食いしばって嗚咽を堪えている。
作品名:BRING BACK LATER 8 作家名:さやけ