隠国(こもりく)
【小話】隠国(こもりく)〜ver.MEIKO〜【ボカロファミリー】
駄目だ。どうしてもうまく行かない。
もう3日、続けて練習しているのにも関わらずどうしてもどうしてもこの部分が上手く歌えない。
歌いなおせば歌いなおす程ひどくなっていく。駄目だ、完全に煮詰まった。
こういう時は気分転換だ。まだ練習するからお酒は飲めないし、散歩でもしよう。
防音室から出ると皆がこちらを振り向いた。怯えたような顔をして道を開けられたけど今はかまっていられない。
ドアを開ければ外は小雨。
天気まで私の思い通りにはならないのね。いいわこれくらい。頭冷やすのにちょうどいいでしょ。
後ろでKAITOが
「めーちゃん、傘・・・」
とか言ってたけど無視して外にでる。
風と一緒に細かい水滴が飛んでくる。冷たいヴェールが私を包み込む。
その冷たさが火照った身体と思考に染み込んで来る。
どうしてどうして思い通りに歌えないの。
私はプロなのに。
私はボーカロイドなのに。
そんなイライラした考えもだんだん冷えてくる。
歩いて歩いて歩いて、じきに何も考えられなくなる。からっぽになる。
不意に寒さを感じて立ち止まる。ああ、私ったらどれくらい歩いてたんだろう。
もう上着も髪の毛もすっかり水分を吸っちゃって、人間だったら風邪をひくわ。
何だか惨めだ。勝手にイライラして、勝手に飛び出して、勝手にずぶぬれになって。
・・・帰ろうかな。急に飛び出してきたもんだから、きっと皆心配してる。
帰ったら、ちゃんと説明して驚かしてごめんねって謝ろう。
玄関の前まで戻ると、KAITOがバスタオルを持って立っていた。
「めーちゃん。お帰り。」
頭にふわりと被せられた青いバスタオル。
KAITOが良くリンにするみたいに、頭をわしわし拭かれる。
「ちょ、やめてよ。」
「ねえ、めーちゃん。」
バスタオルが、KAITOの手と一緒に首まで落ちて来る。
KAITOのおでこが私のおでこに当たってコツと音を立てた。
「ねえ、めーちゃん。一人で完璧になろうとしないで。」
KAITOの顔が離れていく。
「一生懸命なめーちゃんは大好きだけど、ね。俺達皆ここにいるんだから。」
にっこりと笑ってKAITOは私から手を離した。
「お風呂を準備しておいたからすぐに入ってね。ゆっくり温まったら後で皆でココアを飲もうよ。」
悔しい。謝る前に許されてしまった。
「あんたってば優しすぎ。まったく、たまには私から謝らせなさいよ。」
軽くKAITOをこずいて家に入る。
私の顔に自然に浮かび上がる笑みを見て、皆がほっとした顔をする。
まったく。敵わないなあ。また借りができちゃった。
ココアを飲んでおしゃべりをしたら、きっと上手く歌える。
確信を胸に、私はバスルームへと向かった。