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BRING BACK LATER 12

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 何を話すでもない静かな時間がシロウとアーチャーに流れている。言葉は無くとも、傍にいるだけで、気配を感じ、その温もりを感じているだけで、二人には十分だった。
「季節が、また……」
 移りゆく季節をアーチャーと過ごしているという現在(いま)を、シロウは、幸福だ、と思う。
 永遠ではない、限りがある時間の中だが、アーチャーと過ごすことが何よりも幸せだと感じている。
 だが、安穏ではない。
 時々、シロウの身体は一部分が薄れてしまう。二日とかからず元には戻るのだが、不安定な現界状態に、シロウは焦燥にかられることもある。
 このまま消えてしまうのではないかといつも身体が震える。
 そんな時はいつもアーチャーが抱きしめてくれる。ここにいる、と知らしめるように、シロウを抱きしめて、その温もりをわからせてくれる。
 アーチャーは、笑えとも、うまくしゃべれとも、嘘をつくなとも言わない。ただそのままのシロウのすべてを受け止めてくれている。
「アーチャー……」
 すぐ傍にある顔を見上げ、
「俺、笑いたい」
 少し目を瞠ったアーチャーは、小さく頷くだけだ。
「アーチャーと、笑っていたい」
 アーチャーは何も言わず、ただ、少しだけ笑みを浮かべた。
「ごめん……」
「何を謝る?」
「……うん、ごめん。だけど、笑っていたいと思うんだ」
 シロウにはアーチャーが泣いているように見えた。ありえない、と思いながらも、胸が、ずきり、と痛んだ。
「私もだ、士郎……」
 微かな声は、シロウの耳に届くだけだ。空いた手で頬に触れるアーチャーの掌に、目を伏せて頬擦りする。
 不意に顎を上げられ、そのままアーチャーの薄い唇がシロウの唇に重なる。
 その唇は熱いというのに、濃厚ではない静かな口づけは、祈りのようだった。
 愛しさが溢れる。
 離れたくないと思う。
 このまま時が止まれば、と益体もないことを考えてしまう。
 たくさんの想いが溢れ、シロウの目尻から雫となってこぼれていった。
 名残惜しげに互いの唇が離れ、瞼を上げると、間近で見つめるアーチャーと目が合う。
 鈍色の瞳にはシロウが映る。黒くしたシロウの瞳にもアーチャーが映っている。
 指を絡めた手を持ち上げ、シロウはアーチャーの手の甲に唇を寄せた。
「この手が、大好きだ……」
「ああ……」
 そっと片腕で抱き寄せられ、シロウはアーチャーと握り合った手に口づけたまま、その胸元に額を預けた。



***

「んー……、ないわねー……」
 革張りの装丁の古めかしく分厚い本を閉じ、士郎に渡し、次の本を手に取り、パラパラとめくる。
 夏休み中、ほとんどをこの作業に費やしてきた凛は、机に肘をつき、頭を支えるように額を押さえた。
「協会からも音沙汰はないし、教会の老神父にも訊いてみたけど、それっぽいことは……」
 はあ、と深くため息を吐き、開いていた本を閉じる。
「消える理由、か……」
 あまり芳しくはない状況の中に当事者たちを置いておきたくなくて、凛はアーチャーとシロウには蔵書をあさる作業にあまり当たらせていない。
 午前中は手伝ってもらうが、午後はフリーということに決めていた。その代わりに給仕を頼み、二人の代わりには士郎が馬車馬のように働かされている。
「と、遠坂、次の、本」
 バイトを終えてそのまま遠坂邸に来た士郎は、何度も本棚と凛の机の前をウロウロし、クタクタになっている。
「ありがと。じゃ、これ、戻してきてね」
 机の上の重量級の分厚い本を数冊、ぽん、と叩き、凛はにっこりと笑う。
「鬼、あくま、ブラック企業」
「んふふー。もう一回、言ってみる?」
 凛が笑顔でガンドを構えている。
「いいえ、言いません」
 分厚い本を抱え、士郎はヨロヨロしながら凛に背を向けた。
「セイバー、疲れていない?」
「ええ、大丈夫です。私よりも凛の方が……。すみません、私がもう少し魔術に詳しければよいのですが……」
「そうやって仕分けしてくれているだけでも十分よ」
 セイバーは蔵書の中の大まかな仕分けを担当している。
 魔術に関係する本といっても多彩なもので、契約や使い魔のことに関しての蔵書ばかりを、まずセイバーが仕分けているのだ。
 大まかな内容にセイバーも目を通しているが、細かいところはやはり凛でなければわからないところが多い。したがって、結局は凛が精査を引き受けることになり、蔵書あさりと云えど、なかなか手がかかる。
「衛宮くんはまだまだだし、その代わりにアーチャーとシロウがずいぶん探してくれているんだけどね……」
 午前中だけ蔵書あさりをしている二人も、もとはといえば魔術師だ。士郎は役に立つほど蔵書の調査はできないが、二人は生前が魔術師でもあり、凛に師事した弟子でもあったために、遠坂家の蔵書を精査することができる。
 本来ならば、凛とアーチャーとシロウで取りかかった方が効率はいい。
 だが、凛は二人だけの時間を過ごさせてやりたいと思う。
 もしこのまま、なんの手だても見つからずシロウが消えてしまうのならば、悔いのないようにと思ってしまう。
(そんなこと、させないわよ、絶対に!)
 意気込みだけはいつも全開だった。

「ただいまー」
 どっさり疲れた凛と士郎とセイバーが居間に入ると、
「おかえり、お疲れさま」
 シロウが座卓を拭きつつ出迎える。
「腹減ったぁ……」
 士郎が定位置に腰を下ろし、ぐで、と座卓に顎を載せる。
「もう、できる」
 士郎の前に冷たい麦茶の入ったコップを置き、シロウは台所に戻った。
「なあに、士郎。バイト、そんなにハードだった?」
 テレビの番をしていた大河が振り返って訊く。
「うー、あー、うん」
 その後の蔵書の運搬が、とは言えず、士郎は頷くしかない。
「今日もねー、アーチャーさんとシロウくんが、たっくさん美味しいものを作ってくれたのよー。ね? 桜ちゃん!」
「はい!」
 大河と桜はうきうきとして配膳を待っている。
「それは楽しみです」
 セイバーも少々疲れた様子だったが、キリッと背筋を伸ばし、いつでも箸を持てる状態でスタンバイしている。
「ほんと、セイバーって、食べ物には目がないわねー」
「り、凛! 食いしん坊みたいな言い方をしないでください!」
「ほんとのことじゃない。セイバーは、食いしん坊でしょー」
「う……、た、確かに、否定はしませんが、わ、私は、大食漢であって、食いしん坊ではありません!」
「同じじゃない……」
「イメージの問題です!」
「だから、同じだってば……」
「い、いえ、ち、違います、えっと、」
 セイバーが凛に一生懸命説明しようと躍起になる。
 居間の賑やかな声を聞きながら、アーチャーとシロウは視線を交わす。
「どうした?」
「……ふ……くふ、」
 小さな笑いをこぼすシロウにアーチャーも微笑う。
「なんだか、賑やかで、こういうの、楽しいなと思った」
「そうか」
 アーチャーは穏やかな横顔で頷く。それを見上げ、シロウもまた微笑を浮かべる。
 そんな二人を、凛はぼんやりと見ていた。
 こんな光景を、ずっと見ていたいと、そんなふうに思った。



***

 暑さもおさまり、台風とともに夏の空気は遠ざかり、秋本番かと感じられるほどに冷たい風が吹きはじめた。
作品名:BRING BACK LATER 12 作家名:さやけ