BRING BACK LATER 12
やっと声が出て、背後を窺おうにも、頭を掴まれていて首が動かせない。
「アー、チャー、ご、誤解、だ、俺は、なん、にも、た、他意は、ない、ない、から、」
「ほう。まるで不倫現場の間男だな。言い訳だけは達者と見える」
「ちが、違う! 何も、し、してない!」
「するつもりはなかったと証明できるのか?」
「そ、そんなもの、できるわけがないだろ!」
「ほう?」
「い、いや、そ、そうじゃ、なくて、あー、お前も、なんか言ってくれよ!」
シロウに助けを求めれば、思いがけず士郎は抱きしめられた。
「っ!」
アーチャーが息を呑むのも無理はない。
「お、おい? なに、して?」
士郎を抱きしめたシロウに驚いたのか、士郎の頭を掴んでいたアーチャーの手が離れる。
「アーチャー、士郎を傷つけることは、許さない」
終わった、と、士郎は人生の終焉を覚悟した。
これでは、アーチャーの殺す気を助長させるだけだ。
士郎は、三途の川を渡る準備をしなければ、と宙を見ながら思う。六文銭はどこで手に入るだろうか、と真剣に考えはじめた。
「なん……だとっ?」
「士郎とは話をしていただけだ。士郎を疑うのなら、俺も疑うということだな?」
「な……ん……」
アーチャーが言葉に詰まった。
思いがけない展開に、士郎は生気を取り戻す。ちらり、と振り向くと、愕然としたアーチャーが言葉を失っている。
「俺が士郎と何かすると思っているんだな、アーチャーは」
さらにシロウは追い込みをかける。思わず、もっと言ってやれ、と士郎は拳を振り上げそうになった。
「し、士郎、違う、そういうことでは、」
うろたえるアーチャーに、士郎は胸が空く思いだ。いつも理不尽に言い負かされている身としては、アーチャーが打ちのめされる姿など滅多にお目にかかれないのだから。
「アーチャーは、いつもそうだ。人の話を聞かない」
「なっ、そんなわけが、」
「いつも、俺がもう無理だと言うのに、無茶をするだろう」
「いや、だが、お前もノってくるだろうが」
「そ、それは、アーチャーが、いろいろ、す、するからだ」
「ん? あ、あれ?」
何かおかしな方へ話が進んでいくことに士郎は気づくも、どうすることもできない。
「お前が、気持ちいいとか、言うからだな、」
「だ、だって、気持ちがいいものは、仕方がないだろう」
「あれ? あれ? ちょっ……」
何やら痴話喧嘩の真っ只中にハマり込んで身動きができないことに士郎はやっと思い至った。と同時に、シロウに放り出される。
「おわっ!」
つんのめって、どうにか畳に手をついた。
「アーチャーは、いつも、俺の言うことを聞かない!」
「お前はいつも、思うことと反対のことを言うだろう!」
「う、嘘なんかついていない!」
「嘘とは言っていない!」
「だって、あんまり、がっついたら、アーチャーは、嫌だろう?」
勢いを失くしたシロウの声に、
「そんなわけがあるか、たわけ」
優しく答えるアーチャー。
嫌な予感がする、と士郎は思いながら振り返り、やっぱりか、と顔を戻し、這ったまま居間を出て障子を閉める。
「はあ……」
「何してるの? 衛宮くん? そろそろ出かけるんじゃないの?」
「あ……、あー、うん、ちょっと、惚気話に付き合わされて……」
「あー……」
凛は目を据わらせ、したり顔で頷く。
居間には入らない方がいい、と二人廊下に座り込む。
「で? 何か見たの?」
「ああ、衝撃の……キスシーン」
項垂れる士郎に、
「うわ……」
凛が同情するわ、と士郎を労う。
「でもさ」
「なあに?」
「あいつ、アーチャーと口喧嘩とか、できるようになったんだなって……」
「成長したわね」
「……だな」
しばらく凛と士郎は、本当にどうしようもない奴だったと、シロウの思い出話に花を咲かせる。
「ずっと……、ずっとね、」
凛はぼんやりと宙を眺めて呟く。
「ずっと見ていたいと思うの、あの二人を」
「……俺も思うよ、あいつらがああやって、くだらないことで言い合ったり、笑い合ったりして、普通の人みたいに過ごしてるのをさ、いつまででも見ていられたら、って」
「そうね」
頷いた凛は、少し大人の顔をして微笑を浮かべた。
***
「あれ?」
シロウがビルを見上げて、首を傾げる。
「なんだ?」
シロウの指さす先を見て、アーチャーは納得したようだ。
「新しいテナントが入ったようだな」
「そうか……」
以前、このビルは空室ばかりで廃ビル同然だった。それが今はきれいに改装され、テナントで各階が埋まっている。
この廃ビルの一室で、アーチャーと抱き合ったことがある。その頃のシロウは嘘の笑顔を貼り付けた、どうしようもないシロウだった。
「新しく、なったのか……」
少し沈んだシロウの声に、アーチャーは口角を上げる。
「残念か?」
「残念? どうしてだ?」
「“思い出の場所”だろう?」
アーチャーがニヤニヤとして言えば、シロウは顔を赤くした。
「そ、そんなことは、ない!」
シロウが恥ずかしさを誤魔化して早足で歩き出せば、アーチャーが腕を引く。繋いだ手を見てから、シロウはアーチャーを見上げた。
「そんなに急ぐこともないだろう」
ゆったりと笑むアーチャーに、シロウは少し瞳を揺らし、
「……うん」
こくり、と頷いた。
機能停止中のセイバーを衛宮邸に残し、午前中は遠坂邸で蔵書をあさっていた二人は、午後から新都へ来て、また当てもなく歩き回っている。
知らず、覚えのある場所へと足が向かい、前の元廃ビルもしかり、いくつかのビルの屋上もしかり、まるで思い出を辿るように歩いていた。
「アーチャー……」
呼ばれてシロウへ目を向けると、シロウが見上げて微笑を浮かべる。
「好きだよ」
「……知っている」
照れ隠しにそう答えるアーチャーに、シロウはうれしそうな顔をする。
「お前な……。もう少し……、場所柄を選べないものか?」
「場所?」
「人の往来の最中で押し倒されたくはないだろう?」
意地悪な顔で言うアーチャーに、しばし、ぽかん、としていたシロウは、アーチャーの肩に額を押し付ける。
「そ、そういう、こと、こ、こんな、ところで、言う、な」
しどろもどろで答えるシロウに、
「では、お前も改めろ」
と、アーチャーは笑った。
新都から橋を渡り、いつものように川沿いの公園に着いて、また二人で佇む。ここで夕暮れを過ごすことは常になっていた。
夏場は夕涼みに来る人がぽつぽついたが、川から吹く風が冷たくなったためか、人の姿はない。
「ここには思い出があるな、と思ったんだ」
川沿いの柵にもたれ、シロウは冷たい風に頬を晒されたまま、ぽつり、とこぼす。
「思い出?」
「アーチャーにここから手を引かれて帰った。あの子供に会った。ここでアーチャーに好きだと言った。それから、好きだと言われた……」
「そう言われてみれば、そうだな」
「ここには、たくさん、思い出があっ……て……」
シロウは言葉を切り、アーチャーに向き直り、正面から見つめた。
「時間切れ、みたいだ……」
「士郎?」
アーチャーにはその意味が解せない。アーチャーを真っ直ぐに見つめるシロウの姿が一瞬ブレる。
「!」
作品名:BRING BACK LATER 12 作家名:さやけ