二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

BRING BACK LATER 12

INDEX|7ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

 夜の静けさが、痛いほど耳に沁みた。



***

 ノックの音に顔を上げる。
「アーチャー?」
 壁にもたれ、ベッドに座ったまま片膝に腕を置き、ドアの方へ目だけを向けるアーチャーは、なんの表情も浮かべていない。
「まだ消えていないのね」
 凛はベッドの側まで来て、よかった、と言う。
 何がいいものか、と思うものの、アーチャーは言葉にはしなかった。
「おそらく、明日の夜までは、保つだろう」
 ぼんやりしていても冷静に答えるアーチャーに、凛はにっこりと笑う。
「ね、アーチャー。デート、しましょ」
「?」
 何を言っているのか、このマスターは、と言いかけて、平日の昼だというのに、凛が制服を着ていないことに今さらアーチャーは気づいた。
「…………」
「ね、行きましょ」
 アーチャーの腕を引っ張り、凛は強引に部屋から連れ出す。
「り、凛、学校はどうした」
「休んだの。ほら、案内して」
「ど、どこにだ」
「シロウと行ったところよ」
「…………」
 玄関で靴を履きながら、凛はくるりと振り返る。
「シロウと過ごした場所、私にも教えて」
 アーチャーには断る術もなかった。


 商店街、新都、川沿いの公園……。
 シロウと過ごした場所、歩いた道を行き、凛は何を訊くでもなく、アーチャーについて歩く。
「以前と逆だな」
 不意にアーチャーが振り返り、呟いた。
「以前?」
「ああ。君に召喚された時、君がこの街を案内してくれただろう」
「あー、そうだったわねー。でも、アーチャーには必要なかったわよね?」
 生まれ育った場所なんだから、と凛は愛らしい仕草で小首を傾げる。
「いや、忘れている部分もあったからな。戦うための下調べとしては上々だった」
「ほんとかしら?」
「本当だ」
 アーチャーが穏やかな表情を浮かべ、凛はにっこりと笑う。
「シロウといる時は、何を感じていたの?」
「……そんなことを、言うわけがないだろう」
「えー? いいじゃない、ケチねー」
「ケ……、あのな……、それは、私と士郎だけのものだ、たとえ君にでも教えはしない。そういうことは、ペラペラしゃべらないものだ」
「まー、惚気ちゃってー。人前でイチャイチャはできても言わないのね?」
「…………それとこれとは、だな、」
「あー、はいはい、もういいでーす。どうせ惚気なんでしょー」
「なっ、り、凛、君が訊いてきたのだろう?」
「知りたいじゃない、二人でどんな話をしたのか、とか」
「それを知って、どうする……」
「どうって……、んー、まあ、思い出ってわけじゃないけれど、忘れたくないなと思うのよね、あいつとアーチャーのことを」
「凛……」
「まあ、自己満足、って言われたら、反論できないんだけど」
 ふふふ、と凛は笑った。
 凛には伝えておくべきだ、とアーチャーは感じた。
 彼女は、何よりも自分たちのことを考えてくれていたのだ、シロウといるときに感じた自身の想いを話しておく必要が……、いや知っておいてもらいたいと思う、二人で育んだささやかな時間を。
「言葉など、なかった……」
「え?」 
 ぽつり、とこぼれはじめたアーチャーの声に、凛は驚きつつも耳を傾けた。
「ただ傍にいて、手を触れて、その気配を、その体温を、その息遣いを、そこに在る、という存在を感じていられる、それだけでよかった」
 目を瞠ったまま、凛はアーチャーを見つめる。
「満足かね?」
 薄い唇が弧を描く。アーチャーは微笑を浮かべているのだが、凛の瞳にはとても痛々しく映る。
「アーチャーは、」
 やがて真剣な顔で凛は口を開いた。
「……幸せだった?」
 その質問に答える義理はないと思いながらも、アーチャーは顔を上げ、向かう先へと目を向ける。
「ああ。これ以上ないくらいには……」
 柳洞寺の山門。
 長い石段の向こうに見える山門は木々の影で暗い。石段を登りはじめたアーチャーに凛は続き、
「幸せそうだったものね」
 と、笑う。
「ああ」
 誤魔化すことなく、アーチャーは頷いた。

 山門の手前で、アーチャーは足を止めて、登ってきた石段を見下ろす。
「ここで会った」
 アーチャーに並び、凛もアーチャーの見つめる先へと視線を移す。もう、あの戦いの痕跡など欠片もない、ただの石の階段。
 ふと顔を上げると、赤い夕陽が見えた。
 シロウと過ごした夕暮れを思い、アーチャーは心に吹き抜ける冷たい風を感じていた。
 ぽっかりと穴が開いてしまった感覚。この先に待つ永遠に、つい尻込みしてしまいそうな虚無感。
「そうだった。ここで、シロウと出会ったのよね……」
 アーチャーを振り仰ぎ、凛は目を瞠る。
「アーチャー? ど、どうして? 明日の夜までは保つって!」
 凛の声に、アーチャーは小さな笑みを浮かべる。その顔すら背後の木々と混じっている。
 アーチャーの身体は薄れていた。
「私に留まる意志がないからだろうな……」
 茜色に染まる白い髪を緩やかな風にされるがままで、アーチャーは夕陽を見つめていた。
「アーチャー……、あなたを喚び出せてよかったわ」
 凛を振り向き、アーチャーは少し驚いたような顔をする。
「凛……」
「最初は、セイバーじゃないし、ほんっとにひねくれてるって腹が立ったけど、アーチャーは、いつも私の意志を尊重してくれたもの」
「それは、君がマスターに相応しい素質を持っていたからだ」
「ふふ。最初は隠れていろって、言っていたのに?」
「ああ、まあ……。あれは、失言だったな。すまなかった。今、謝っておこう」
「あら、アーチャーにしては、素直じゃない」
 くすくす、と笑う凛は、青い瞳でアーチャーを見上げる。
 いつもこの意志の強い瞳がアーチャーの迷いを払拭していた。聖杯戦争では、本当にいい相棒だったとアーチャーは思う。その後のシロウとの日々も、凛がいてこそだったと迷うことなく言える。
「凛……、自分で契約解除を願い出たというのに、やはり、君と別れるのは、少し残念だ……」
「も、もー、そういうこと言うと……」
 言葉に詰まった凛は、頬を滑る雫を慌てて払った。
「私は、君が好きだったよ。君の真っ直ぐなところが、魔術師であっても少し甘いところがあって、自分の心に正直なところが…………。凛、今さらだが、小僧の……」
 声が萎み、アーチャーはその先の言葉を迷っているようだった。
 沈黙したアーチャーの、夕陽に染まる髪が風に揺れる。
「大丈夫よ、アーチャー。衛宮くんは、きっと自分の道を歩んでいける。だって、あなたや、あいつ、二つの可能性を目の当たりにしたのよ。これほど強烈な反面教師はないわよ」
 アーチャーの言いたいことを察して、屈託なく笑った凛に、アーチャーも笑みを返した。
「そうだな」
「ええ。そうよ」
「ここで、士郎と会った。ありがとう、凛。君がいなければ、士郎はもっと早くに消えていた。君が矯正しようと言わなければ、私を焚き付けなければ、士郎は、とうにいなくなっていただろう」
「アーチャー……」
「君の助けがなければ、士郎と穏やかな日々を過ごすことはできなかった。我々は、本当に、どうしようもないエミヤシロウだったな……」
「ええ、そうね。あー、“だった”じゃなくて、今もよ」
作品名:BRING BACK LATER 12 作家名:さやけ