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BRING BACK LATER FINAL PHASE

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 それは、たぶん、あいつらへの感情がまた思い出されたからだろう。
 夢見が悪い、と言っていた。
 けれど、胸糞の悪い夢じゃないみたいだ。
 なんとなく浮かれている様子だし、うれしそうだし……。
「なあ、遠坂」
「なぁに?」
 昼食のベーグルを食みながら遠坂が顔を上げる。
「夢って、どんな夢だったんだ?」
 今朝も、夢見がねー、とダイニングに現れた遠坂に、一度、問い質さなければと思っていた。
「えー? 何よー、急にー」
「悪い夢なんだろ?」
「ぅ……、う、うん」
 なんだ? 釈然としない返答だな。
「嫌な夢、なんだよな? 夢見が悪いって言うんだから」
 遠坂は眉根を寄せて、
「どうだっていいでしょ。ただの夢よ」
「よくないだろ! 調子がいいように見えないのに、放っておけって言うのか?」
「別に、調子が悪いんじゃないもの」
「どこがだ! 講義中にぼんやりして、講師に注意受けてただろ!」
「なっ! なんで、あんたが知ってるのよ! 士郎とは講義が別でしょ!」
「時計塔一の才女がミスしたって、誰でも知ってる!」
「ぐ……」
 遠坂はベーグルに噛みついて、もごもごと文句を言っているようだ。
「夢じゃないんなら、何かあったのか? 遠坂に何かあれば、俺は――」
「ないわよ」
 むす、と視線をあらぬ方へ向けたままで、遠坂は口を割ろうとしない。
「何かあったんなら、話してくれ、凛」
「っ、な、なんっ、き、急、に、な、なま、えっ、よ、呼んっ、」
 滅多に呼ばない下の名前を呼べば、遠坂は激しくうろたえて赤くなった。
「りーんー」
「なっ、ちょっ、」
「なー、凛ー」
「ぅぐ……、ちょ、ちょっと、やめなさいよ!」
「だったら、話せよ」
「っく……、なんなのよ、エミヤシロウのくせに、すれちゃってぇ!」
 悔しげに言う遠坂に、にっこりと笑ってやる。
 俺もずいぶんと免疫ができたものだと思う。強烈な個性溢れる女性とロンドンでも関わることがあるからか、色々と成長してきた。あの鼻持ちならないサーヴァントほどじゃないけれど、女性の扱いはたぶん、上手くなったと思う。
「士郎のくせに、士郎のくせにーっ!」
「で? 夢って?」
 遠坂の遠吠えを聞き流しつつ、先を促す。
「もー……わかったわよぉ……。士郎にしつこさでは敵わないものねー」
 やっと観念した遠坂は、ぽつり、とこぼす。
「二人が出てくるのよ」
「はい?」
 ぽかん、としてその言葉を頭の中で繰り返す。
 二人……、二人って、あの二人のことだろうか?
「シロウとアーチャーがね、色々と選んでくれるの。花だったり、ドレスだったり、バッグだったり、靴だったり、アクセサリーだったり……。相談しながら、あれもこれも、って手に取って。でね、結局いちゃついてるだけなんだけど、私は二人が笑い合って、いろいろと話してるのを見てるだけで、会話にもなかなか入れないし、なんにもしないんだけど、二人が笑っているのが、とても……、うれしいの」
「全然、悪い夢じゃないじゃないか」
「夢自体はね」
「どういうことだ?」
「目が覚めると、私が、やっぱり……、気持ちが沈んじゃうのよ……」
 遠坂は、あの頃の後悔を思い出すんだろう。
「ぼんやりしてたのは、それが原因か?」
「んー、まあ、そうね」
 小さなため息をこぼし、遠坂は自嘲っぽく笑う。似合わない笑い方だと正直思う。
「なーんにもできなかったなー、って思っちゃうのよね。あの頃の自分が未熟だったと思うし、原因すら突き止められなかった不甲斐なさもあるし、何より、アーチャーにあんな顔させちゃったのは、やっぱり、申し訳なかったって、思ってしまうの」
「あんな顔?」
「消える前に、笑っていたのよ。だけど、私には泣いてるようにしか見えなかった……。泣けないのにね、アーチャーは……」
「泣けない? あいつがそう言ったのか?」
「言うわけないじゃない」
「じゃあ、そんなの、わからないだろ?」
「わかるわよ。アーチャーは泣けない。どんなに憤っても、どんなに悲しくても、泣けないのよ……。泣くことのできないアーチャーは、たぶん、ずっとシロウへの想いを抱き続けるんだろうって考えるとやるせないじゃない。だって、永遠に会えるはずのない存在のことを想い続けるのよ? そんなの、いくらエミヤシロウだからって……」
 言葉に詰まった遠坂に、
「…………まったく」
 腕を組んで荒い鼻息を吐く。
「士郎?」
「俺のくせに、遠坂を悩ますなんて、納得いかない」
「えっと……?」
「消える前にそんな置き土産していきやがって、あいつ、次に会ったら絶対、ぶん殴ってやる」
 俺が憤慨するのがおかしかったのか、ぽかん、としていた遠坂は、吹き出した。
「っふふ、はははっ、士郎ってば、何言ってるのよー」
 腹を押さえて、おかしー、と笑う遠坂に、少しほっとした。
「そうねー。ウジウジしても仕方ないわね。どのみち、後悔なんてどうすることもできないもの。あー、なんだかすっきりしたわ。私も、アーチャーに会ったらガンドをお見舞いすることにするわ」
「そうそう、その意気だ」
 頷けば、遠坂は屈託ない笑みを見せた。
「ありがと、士郎。あんた、成長したわよね」
「当たり前だ。俺はあいつを越えてみせるんだからな」
 息巻いて言えば、遠坂はさらに笑う。
「あのさ、遠坂。とことん調べよう」
「え?」
「あいつのことだよ。あの記述が気になってるんだろ? だったら、納得いくまで調べよう。あの時わからなかったことが、わかるかもしれないだろ」
「士郎、でも……」
「今さらわかったところで、どうなるものでもないけどさ。それで、まあ、決着ってことにすればいいじゃないか」
 遠坂は大きく頷き、俺たちは図書館を巡ることからはじめていった。
 あいつがどうなったか、俺も気になってはいた。
 納得がいかなかったんだ。表情さえも失っていたあいつが、少しずつ表情を取り戻して、アーチャーとイイ仲になって、なのに、あいつは無理やり消されたみたいなものだ。
 誰が、なんのために、あいつに勝手を働くのかが理解できないし、納得できなかった。
 確かに家でいちゃつかれるのは精神的に堪えたし、他所でやってくれと何度も思っていた。けど、俺も遠坂と同じで、あいつらが笑い合ってるのを見ていたいと思っていたんだ。
 アーチャーの苦しそうな顔が見たかったわけじゃない。あいつの涙を堪えた笑顔を見たかったわけじゃない。
 アーチャーが遠坂に契約解除を願い出た時、どうしてこんな理不尽なことが起こるんだと、憤ることしかできなかった。
 別に、アーチャーを庇うわけじゃない。
 でも、あれは、納得できない。
 遠坂もだけど、俺だってあの時のことは、喉に刺さった魚の骨みたいに、不快で仕方がなかった。
 なす術もない自分の力量を曝け出して情けなかった。自身の力の及ばない、超越した何かに引きずられていくあいつらが、とてもじゃないが悲しい存在に思えた。
 英霊なんて、みんな悲しい。
 セイバーもそうだ。
 彼女も重い十字架を背負ったままだ。
 思うようにいかない運命の中で、束の間、自身の想いで動いたあいつらに、俺は拍手喝采を送りたかった。そんな機会も時間もなかったけれど……。
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ