BRING BACK LATER FINAL PHASE
だから、せめて、あいつのことが少しでもわかるのなら、知りたいと思う。
そうして、いつか、アーチャーに会うことがあったなら、伝えてやるんだ。
あいつも頑張ってるみたいだぞ、って。
◆◆或る英霊の座もしくは奈落◆◆
瞼を上げた。
何も見えなかった。
暗闇が際限なく広がっている。
目に映るものは何もない。
俺はどこに放り出されたのだろう?
ここは、いったいどこだろう?
目の前にいた愛しい人は、影すら見当たらなかった。
「ああ……」
嘆息か、諦めか、憤りか、悔しさか、名残惜しさか……。
どれも違うな。これは、後悔か……。
一度、途方もなく味わったことだと思い出した。覚えのある感覚だ、忘れるわけがない。
「アーチャー……」
答えのない呼び声を呟けば、涙がこぼれそうになる。
「……アー……チャー……」
俺の掠れた声を聞く者はどこにもいない。
唇にまだ熱が残っている。
抱きしめられた身体が、まだ温もりと力強さを覚えている。
「忘れ……られない……」
ここがどこなのか、どうして暗闇か、そんなことはどうでもよかった。ただ、アーチャーの思い出に浸っていられるのなら、どこにいても同じだと思う。
『――よ……。――いよ。――英霊よ』
声が聞こえた。
誰を呼んでいるのか?
英霊を呼んでいる。
アーチャーがいるのか?
いや、アーチャーがいるならば、俺の声に答えてくれるはずだ。
聞いたことのない声。
いや、声……なのか?
とにかく、その声だか音だか思念だかは、耳に聞こえているのか、頭に響いているのか、判然としない。
「誰だ」
誰何の声を上げても、答えがない。
『英霊よ、望みを述べよ』
その声は俺の質問には答えずに、望みを述べろと言った。
俺を英霊と呼んでいるのか?
そんな馬鹿な……。
それにしても、望みを述べろとは、無茶な話だ。
俺にはもう望みなどない。俺の望みはもう潰えてしまった。アーチャーに会えなくなった今、何を望めというのだろうか。
『英霊よ、お前を使役する。望みを言え』
俺を使う?
何を言っているんだ?
それに、やはり俺を、“英霊”と、おかしな呼び方をする。
俺のどこが英霊なのか?
英霊とは、アーチャーやセイバーのことを言うのであって、俺のような半端な者がなれるものじゃない。
『望みは何か』
「望みを言えという、お前は何者だ?」
答えなど期待せずに、質問で切り返した。
『…………よかろう』
そう呟いた声は、直に頭の中に刷り込んできた。
「っぅ……、な……にを、……っ」
頭の芯が痛くなってきて、軽い吐き気が起こる。
世界の理。
世界の均衡。
世界の正義。
世界の……。
頭の中に、直に叩きつけられるその声の正体。言葉や映像でもない。けれど、その正体をどういうわけか、俺は理解できる。
その声が、世界を担うナニカだと、無理やり理解させられた。
『さあ、望みを言え』
「望み……」
『お前の望みと引き換えに、お前を使役する』
等価交換か……。
自らの望みと引き換えに、多大な苦痛を強いられるだろう契約。
そうか……。
やっとわかった。俺があの世界から消えた理由が。
俺は、英霊として使役されるために、あの世界から強制的にここへ引き込まれたのか……。
「勝手なことを……」
無理やりアーチャーとの契約を潰され、この真っ暗な、おそらく座というものに据え置かれた。
腹立たしくて、暗闇を睨む。けれど、微かな希望の光が灯ったのも事実。ためらいながら、口を開いた。
「なんでも……叶うか?」
俺を使役するために望みを欲するというのなら、まず、その真価を問う。ある程度は叶うが、それ以上は、というのなら、使役になど応じない。
『叶う』
「本当だな?」
『偽りを述べれば世界の均衡が崩れる』
もっともな言い分だった。
世界のナニカだというのなら、使役しようとする英霊を騙すなどありえない。
俺の望むものが得られるのなら……。
『英霊よ、望みを聞こう』
それが、叶うというのなら……。
「俺の、望みは……」
少し自棄だったかもしれない。
ありえないと思いながら、俺は望みを口にした。
叶うわけがないと諦めながら、それでも、願わずにいられない。
『了承した。では、お前には働いてもらう。億の国を救い、億の人間を救えば、その望み、叶うだろう』
容易な数でないことはわかっていた。
“億”と簡単に言ってもそれは、気の遠くなる数字。
かつての失言で吐いた億という数。
それを救え、とは厭味なことをする。
けれど、口元が緩んだ。
いつか、願いが叶うのなら……、と。
ブォッ!
突然の風と光に眩む目を、腕を翳してどうにか保ち、身構える。最初の召喚先の景色が薄っすらと広がっていく。
俺の運命の歯車が回りはじめたことを理解した。
***
導くのは人か国。
たいてい訝しげな顔で、俺の言葉は信用されない。
当たり前だ。
誰だってそうだと思う。
不意に現れた見知らぬ旅人風情に、人生を、一国を、任せる呑気な者なんていない。
それでも、俺の説得に応じる人たちがいる。大部分が身寄りのない子供だったり、もう、あらゆる手を尽くして、どうしようもなくなった国だったり、家も家族も失った老人だったり……。
数少ない人々を先導し、少しだけれど俺は人と国を安寧に導く。
俺は導者(ガイド)だ。
災厄や戦禍から人や国を逃れさせる、導者。
導者の英霊なんて、聞こえはいいが、成果は微々たるものだ。所詮、俺は余所者で、信用を得るには時間がかかる。けれど、待った無しの状況で、どうやって導けばいいというのか……。
億の人と国を救うなんて、夢のまた夢だ。
俺の願いは、到底叶うとは思えない。
それでも俺に課せられた“仕事”をこなす。アーチャーがそうであったように、俺も英霊としての責務を果たさなければならない。
いつか報われるのだろうか。
そんなことを思っては、否定するように自嘲する。
そんなわけがない、と。
そんなうまくいくはずがない、と。
時が流れていく。
俺にはもう、時間という観念はない。
ただ召喚に応じ、その責務を果たすだけ。
「アーチャー……」
召喚された地の、茜色に染まる空を見上げ、瞼を閉じる。
いつも感じていた夕暮れ。
アーチャーと川沿いの公園で、手を繋いで、寄り添って……。
夢だったのかと、最近思う。
あれは、俺が見た、夢……?
いや、そんなはずはない。
あんなに熱く、あんなに苦しく、そして、幸福だった。
紛れもない現実だった。
俺の契約は、アーチャーが――英霊エミヤが担う守護者とは異なるものだ。エミヤの仕事は殺戮でしかなかったけれど、俺の仕事は救うことだ。
救うといっても生死じゃない。
国や人々を導いて、安寧を選ばせる。
俺の契約主は世界の平穏。
何よりも生きる者を救うことを是とする、正しき道を歩ませる理。
いつも、安寧に落ち着いた人々は俺に頭を垂れ、感謝し、涙して讃えてくれる。
賢者だと、指導者だと。
そんな人たちに俺は、どう応えればいいんだろう?
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ