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BRING BACK LATER FINAL PHASE

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 自分の望みのためにやっているのだと、そんな真実を吐露したくなる。
 そうすれば、みな、感謝などしなくなる。
 それでいい。
 俺は感謝などされるものじゃない。俺は、ただ、こういう枷を嵌められただけだ。
 ただ、自身の望みのためだけに人を導くだけなんだ……。

 夕暮れが、次第に夜へと移っていく。もうここに俺がいる必要はない。
 今回の仕事は終わった。
「かなしいのですか?」
 不意に小さな女の子に訊かれた。
 いつからそこにいたのか、全然気づかなかった。
 まだ舌足らずな、年端もいかない子どもに、丁寧に、はっきりとそう訊かれた。
 悲しいのではない、と答えれば、女の子は首を少し傾けて、
「さびしいですか? どうしさま」
 と言い替えた。
 答えに詰まる。こんなにも真摯な瞳に誤魔化しはできない。
「うん、そうだな。寂しいんだ……」
 偽ることなく女の子に答えた。女の子は眉を下げ、泣きそうな顔で俺を見上げる。
「わたしたちが、います」
 女の子は教えてくれた。だから寂しくないんです、と女の子は言い切った。
「……そうか。うん、ありがとう。そうだな……、君たちがいるな……」
 女の子は俺の脚に縋りついた。まるで、離さないと言うように、小さな手で、温かな掌で俺を引き留めようとしてくれているみたいだ。
 優しい子だと思う。
 他人の顔色を窺って、その人のために何かをしてあげたいと思うこの小さな女の子には、その気持ちを忘れずに成長してほしいと思う。今回救えたのは少ない人数だったけれど、この子を救えただけでもよかったと思えた。
 温かい手が俺の手に触れる。
「ここに、います」
 ぎゅ、と握りしめた小さな両手の温もりが、どうしようもなく思い出させる。
 アーチャーの温もりを、思い出す……。
 涙がこぼれそうになるのを堪え、女の子の頭をそっと撫でていた。


 吹き抜ける風が、いつか、ともに感じたものと似ていた。
 アーチャーに抱き上げられ、新都のビルから川の側の公園へと至ったあの時、俺は鼓動を跳ね上げて、精悍な横顔をただ見つめていた。
「懐かしい……」
 風にされるがままの俺の髪は、アーチャーが毎朝、口づけて黒く染めてくれた。
 何一つ忘れていない日常。
 繰り返した他愛のない日々。
 愛しくて、懐かしい時間。
 忘れ得ぬ時間、唯一の幸福であったと思えた時間。
 時が流れていく。
 あれからの時は、するすると、たゆむことなく流れ続けている。
 英霊としての時は、人であった時とは違うものだ。一分一秒を計る指針もなければ目安もない。
 ただ流れていくのを、俺は見つめている。
 決して戻りはしない流れが、滔々と大河のように緩やかに……。
 俺の召喚される人間世界は、場所も年代も規定はなく無関係で、ランダムに過去と未来を行ったり来たりする。
 俺はただ、アーチャーを想っている。
 この契約の先にもしかすると、と期待をしている。
「ありえない」
 諦めて、鼻で笑って、それでも、叶えばいい、などと夢を見る。
「アーチャー……」
 呼び続けた名は、口癖のようにこぼれていく。
 白い外套を風に揺られて、襟元を掴み、寒さに震えて、あの熱が恋しいと、また思い出す。
 どうしようもない、と苦笑を浮かべて、召喚の地を後にする。
 消え失せようとする英霊(俺)に、人々は必要のない謝意を表してくれる。
 俺には過ぎた心だ。
 女の子が必死な顔で叫んでいる。声がもう聞こえない。
 唇の動きで“わたしたちが、います”と言っているのが、かろうじてわかった。
 他人の想いに、胸が苦しくなる。
 俺を想ってくれる人がいることが、うれしくもあり、悲しい。
 俺は、ただ、自身の望みのためにこうしているんだと、何も知らない人々にぶちまけたい。
 人々の謝意が苦痛だなんて、俺も相当歪んでいる。
 こんなに素直になれないのは昔からだっただろうか……。
「アーチャーには、素直になれたのにな……」
 俺を見つめた鈍色の瞳が恋しい。
 俺を温めた身体が懐かしい。
 俺の手を引いてくれた手が、俺の大好きだった手が、……ここには、ない。
 暗闇の座に戻る。
 すべての五感が閉ざされる俺の座は、俺の棺なのだろうか?
 英霊とは名ばかりで、俺は、おかしな夢を見ているだけ?
 ここにいると、感覚がおかしくなっていく。召喚されている間だけ生きているようだ。
「いや……、生きてなどいない……」
 自分の声が遠く聞こえる。
 この暗闇は、俺のゆりかごなのか、棺なのか。
 どちらにしても悪趣味だと思っていた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 人は遺す、導いた者の姿を。
 名も知らぬ青年の姿を。
 純白の外套を翻し、藍の衣に草木模様の籠手。
 赤銅の髪を風に晒し、琥珀の瞳は憂いを浮かべ。
 弓射をこなし、剣を従え、迷うことなく未来(みち)を、切り拓く。
 彼の人を民は讃え、幻のごとく消える様に人々は心奪われ……。
 いずれの時にか、英霊と。
 安寧へ導く英霊と……。

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



◆◆現世・ロンドン◆◆

「ねえ、これ……」
 士郎を手招きして、その記述を目で追う。
 分厚い叢書の中の一冊、たった三行ほどの記述。
 “白い外套を纏い、突如として表れた青年は、人々を安住の地へと導く。髪は赤銅、瞳は琥珀、藍の衣に草木模様の籠手。人々を導いた青年は、名乗ることもなく幻のように消えた。”
 世界各地のミステリアスな口伝を集めた古い文献にそんな一文があった。
 その記述には注釈がついてある。
『ジャポニズムに傾倒していた筆者は、その描写が極東の人種のものであることから、多大な興味を引かれた。この青年の記述を調べ、伝承を追い、いくつか同じような容姿の先導者の口伝をかき集めている。そして、ある結論に至った。かの青年は、時空を超えて現れ、危急の人々や国を導いた御使いではないか、と』
 私がその一文を読み終えると、
「あいつだ……」
 士郎が確信を持って言った。
「ええ……」
 私も思わず立ち上がっていたけれど、力が抜けたように椅子に逆戻りした。
「御使いって、なんだか大袈裟だけど、やっぱり、ちゃんと英霊になっていたのね……」
 ほっとした。
 ほっとすれば、なんだか目の奥が熱くなった。
(アーチャー……)
 もう一人の英霊に想いを馳せる。
 今もあの剣の荒野で、シロウが消えた時のように項垂れているのかしら。
 確かめる術がないのが歯痒い。
「アーチャー、シロウは正しく英霊になったわよ」
 古文書を閉じ、棚に戻して閲覧室を出る。
「ねえ。士郎」
「んー?」
 見上げるほどに成長した士郎に目を向ける。
 シロウのように華奢ではなけれど、アーチャーのようにまだ屈強でもない。
「会えるといいわね」
「そうだな」
 誰が誰に、なんて言わなくてもわかっている。
「もう会ってるかもね」
「そうだな……」
「あの二人、きっと剣の荒野でも、ラブラブね」
「遠坂、その表現、やめてくれ……」
 士郎はうんざりとしながら言った。



***

 美しく整備された庭園の中を歩く。
 ロンドンは、私の治めた時代とは様変わりしている。
「ですが、風は変わらない……」
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ