BRING BACK LATER FINAL PHASE
緑の中を吹き抜けた風は、私の髪を乱してすり抜けていく。
シロウと凛は図書館で調べ物をしている。あの頃のように、私も何かお手伝いができるとよいのですが、時計塔の学生しか入れない図書館に無理を通すこともできない。
ほぼ、毎日ここで待ち合わせをして、三人でアパートメントに帰っている。二人とも少し疲れているようで、シロウも今は夜回りを休みたいと言った。
私もそれは賛成です。
体調を崩してしまっては元も子もない。
大変なことに臨むのであれば、まずは、きちんと自己管理をしてから。それは、なんにでも共通する基本的なことだ。
「何か、手がかりがあるといいのですが……」
いくつか古い文献にシロウらしき英霊の記述が残っているのだという。
「シロウ……」
あの頃、私は……、いいえ、私たちは何もできなかった。
シロウをむざむざ消してしまい、後悔ばかりが苦く残っていた。
「それが、英霊になっていたとは……、驚きです」
それならばそうと言ってくれれば、と思うものの、シロウ自身知らなかったことなのでしょう。
「苦しかったでしょう……、辛かったでしょう? 貴方は、泣いていたのですよね? きっとアーチャーがその涙を掬ってくれたのでしょうね……」
シロウは、アーチャーにだけは甘えていた。
私にももっと甘えてくれればいいものを、シロウはアーチャーにばかりなついてしまって……。
「ああ、また、やっかみが……」
アーチャーへの嫉妬は、いまだに消えません。
シロウを独り占めしたこと、今度会った時は、きっちり文句を言わせてもらいたものだ。
「まったく、アーチャーの独占欲というものは、酷いものでしたからね」
くすくす、とひとり笑う。
「シロウもあのように、独占欲が出てくるのでしょうか?」
今のところ、そのような片鱗は見当たらない。
「いえいえ、シロウに限って、そんな――」
ざあっ、とひと際強く風が木立の葉を揺すり、吹き抜けてくる。
思わず顔を背けて、目を眇める。
『隙だらけだぞ、』
『セイバー』
え……?
私は夢を見ているのでしょうか?
◆◆或る英霊の座◆◆
暗闇が俺の座だ。
召喚から戻ると、この暗闇の中にいる。
嘘臭い場所よりもマシだとは思う。けれど、自身の身体さえも見えない真っ暗闇というのも、なかなかシュールだと思う。
こんな中にいて、自分が壊れないのが不思議だった。
おそらくそれは、希望があるからだ。
もう半分諦めかけてはいるけれど、俺はそれに縋っている。
召喚され、人々を導き、また暗闇に戻り……。
繰り返し、繰り返し、俺はいつ終わるとも知れない運命を歩み続ける。
本当にゴールがあるのかは、わからない。
担がれたのかもしれない。けれど、望みを叶えると言ったのだから、と俺はそんな戯れ言かもしれない言葉に縋るしかない。
いくつの国を、何人の人間を救ったかなんて数えていない。契約主の世界が途中経過など教えてくれるわけでもない。
いつ終わるのだろう……?
ふと、暗闇を抜けた召喚地で思う。
自然な風を感じ、アーチャーと過ごした日々を思い出す。
「アーチャー……」
呼べば届くと思っていたのは、いつの頃までだろう?
いつか、守護者として働くアーチャーとニアミスでもするかもしれないと期待したのは、いつの俺だろう?
馬鹿なことを思っていたな。
そんなことは、決してありえないというのに……。
甘い想いは、暗闇の座に戻るたびに削れていった。
今となっては、消し炭のような燻る想いが凝り固まっているだけだ。
暗闇の中で、ただアーチャーの面影を閉じた瞼に映す。こんな俺にはもってこいの座だ。暗闇であれば、いくらでもアーチャーを思い起こすことができる。
「いつ……、終わるのだろう……」
そんなことは、まず起きないと思いながら呟く声は、掠れてうまく出なかった。
いつ終わるとも知れない契約は、なんの前触れもなく、突然終わりを告げた。
『契約は果たされた。お前の望みを叶えよう』
時は流れていた。きっと数えきれないような時だとは思う。
言葉が出てこない。座にいる間は声を出さないからか、咄嗟に声が出なくなっている。
俺はいつのまにか契約を終えた。
『英霊シロウ、お前を――』
“英霊エミヤの座へ”
もっと喜ぶのかと思っていた。
やっとだ、と、もっと鼓動が跳ねるのだと思っていたのに、俺は呆然とその言葉を聞いていた。
「ああ……」
俺の望みは、願いは……、英霊エミヤの座に、“還る”ことだった。
思い出した。諦めていた望み……。
還れるのか……、あそこに……。
アーチャーの、傍に……。
一気に震えが駆け抜ける。
諦めていたんだ、叶いっこないと。
半信半疑だった、俺の望み。
両の掌を見つめ、指の震えも止められず、思わず顔を覆った。
風が吹く。風を感じる。
もうここが、あの暗闇の座ではないとわかった。何しろあそこには風も吹かなかったから。
それほどの明るさではないのに、ずっと暗闇にいたからか、目が眩み、しばらく目を開けることができなかった。
「っ……」
ゆっくりと瞼を上げていく。
足元に土。少し顔を上げると、異様な光景が目に入る。
乾いた荒野に突き立つ剣、剣、剣……。
「アーチャーの……座……」
還ってきた。
俺は、ここに還ることができたのか……。
緩やかな丘の天辺を目指して歩き出す。砂埃を舞い上げる風のせいで視界が悪い。
「あ……」
赤い外套ではなく、生成りの外套が見える。
あれは、アーチャーなのか?
荒野に膝をつくその背中は、見たこともないような脆さを醸し出していた。
「アーチャー」
呼んでみたが、反応がない。
俺の気配にすら気づいていないようだ。
「アーチャー……」
聞こえないのだろうか?
俺はここに還って来たのではないのだろうか?
自身の身体を確認して、両手を見つめてみる。確かに存在しているようには見える。
不安だった。実体ではなく、俺は魂だけここに還って来たのだろうかと。
ここに還ってきても、もうアーチャーに触れられないのかと、不安でしようがない。
「違う……」
そんなはずはない。踏みしめる乾いた土が、じゃり、と音を立てている。
俺は存在しているはずだ。ここに、アーチャーの座に。
ずいぶんと近づいてきたが、相変わらずアーチャーは荒野に膝をつき、片手で目元を覆ったまま、片腕で自身を抱きしめているまま。
エミヤシロウの嘆き方。
俺もああやって泣いた。現界している時は、アーチャーが抱きしめてくれた。俺が泣くと、いつもアーチャーが……。
正面に回ると、項垂れた白い髪が風に揺れている。
「アーチャー」
呼べば、頭が揺れる。聞こえないわけじゃないみたいだ。
ゆっくりと頭を上げて、顔が上を向く。
鈍色の瞳に俺が映った。
よかった、俺は存在している。実体があるとはわかっていたけれど、不安は拭えなかったから、アーチャーに認識されたことで、太鼓判を押された。
「アーチャー」
もう一度呼んだ。
呆然とするアーチャーの顔が少し可笑しい。
「お……ま、え……」
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ