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彼にまつわるいくつかの

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 保健室にはふたりしかいないけれど、奥の部屋では伊作が付き添って休んでいるはず。それに扉を隔てた部屋には新野先生もいる。だから自然と落ちる声は囁きにしかならないけれど、枕を並べた近距離では、聞き取れないわけじゃない。それに内容が内容だから、なんとなくこそこそ話が相応しい気がする。
「あ、でも、今とはちょっと違うよ」
 嚥下する音が妙に響く中、思い出したと四郎兵衛が首を振る。それに、思わず身を乗り出してしまうのは仕方のないこと。なんといっても、金吾だって好奇心旺盛な一年は組のひとりだ。
「えっ!? 違うって、やっぱり……」
 物静かだったとか? 輝く瞳に、違う違うと四郎兵衛は首を振る。
「なんて言ったらいいのかな。すごく一生懸命だったよ。ぼくがけがしたり倒れたりしたら、絶対付き添っていたもん」
 たとえ伊作にもう大丈夫だと言われたところで、引き下がりはしない。自分だってぼろぼろなのに、必死になって枕元にいたものだ。
 あれって今思えば、過保護だよね。つい思い出し笑いを零す四郎兵衛に、金吾はもっと話してくれと袖を引く。それに頷くと、ほんの一年前のことを思い出す。もう随分と昔のことのように思える、そんな昔話。
「ぼくが体育委員になって先輩に出会ったのは―」


 そう、あれは最初の体育委員会の顔合わせの日の出来事。
 ガチガチに緊張した四郎兵衛に、深緑の忍服をまとった体育委員長が引き合わせたのが最初だった。
「新入生の面倒は、お前に任せたぞ、滝夜叉丸」
「はい」
 短く返事を返す人は、ただじっと四郎兵衛を見下ろしている。その雰囲気に呑まれ「よろしくお願いします」と挨拶しそびれた四郎兵衛は、蛇に睨まれた蛙よろしく微動だできずにいた。
 がんばって来いと、は組から送り出されたのはほんの少し前のこと。大きな目で見下ろしてくる三年生は威圧的で、もう今すぐにでも逃げ帰りたい。
 その張り詰めていた空気を、突然、紺の影がかき混ぜる。
「なーにやってるんだ、滝夜叉丸! ちゃんと面倒見なきゃ駄目じゃないか!! 一年がおびえてるぞっ」
「や、止めてくださいっ」
 滝夜叉丸を背後からヘッドロックした人は、そのまま太陽のように眩しい笑顔を向ける。
「私は七松小平太だ! よろしくな、四郎兵衛!!」
 腕の中の抵抗をものともしないのは、逞しいといえばいいのかなんなのか。上と下とに視線を彷徨わせていれば、滝夜叉丸の髪と頭巾の間で見え隠れする耳がどんどん赤くなっていく。
「は、はい…。あ、あの……」
「どうした?」
「せ、先輩をっ」
 放してあげて―とまでは言えずに指をさす。数拍、止まった空気の後で、小平太はパッと手を放す。その場に崩れ落ちる滝夜叉丸に大丈夫かーなんて暢気に声をかけて、あっけらかんとしたものだ。
 本当に、この委員会でやっていけるのかな? 冷たい汗が額を伝う。しかし、このままではらちがあかないと、なけなしの勇気を振り絞る。
「…………あ、あの、大丈夫ですか?」
 ゼーゼーと肩で息をつく人に、一歩近づいて声をかける。それに反応して、ぱっと上げられる顔。逸らされない大きな瞳ばかりが印象に残る。
「あの……」
「大丈夫、だ。七松先輩は、いつも乱暴だから…」
 にこやかに見ている人を睨め付けて、滝夜叉丸は立ち上がると膝についた土を払う。堪えた風もない小平太は、がんばれよと背中を派手に叩いて他の体育委員たちの元に駆けて行く。ふらついた滝夜叉丸が一歩踏み出したせいで、四郎兵衛との距離はますます狭まる。
 じっとまた見つめ合うことしばし。目を逸らした四郎兵衛を責めるように、咳払いが聞こえる。
「平滝夜叉丸だ。私のことは滝夜叉丸と呼んでくれ。私はお前のことを四郎兵衛と呼ぶから」
「あ、はい…」
 普通、先輩のことを名前で呼ぶことはない。だけど、この人は名前で呼べという。普通に考えたらフレンドリーな行為なのかもしれないけれど、淡々とした声のトーンと表情がそれを裏切る。
 こんな人とふたりっきりにしないで! 泣きたい気持ちで小平太の背を視線が追いかける。だが、そんな四郎兵衛を責めるように、冷たい命令が飛んでくる。
「四郎兵衛、柔軟をするぞ。体育委員になるんだから、体力はちゃんとあるのだろう?」
「へっ、…は、はいっ」
「間抜けな声を出すな」
 突き刺さる言葉の棘の数々。泣いちゃ駄目だとわかっているのに、目が熱くなる。必死になって目を擦れば、溜息まで聞こえてきて、もう我慢できなかった。
 泣き虫だという自覚はあるし、鍛えられて来いと両親に見送られた。学園に来て友達はたくさん出来たけど、やっぱりどこか心細い。冷たくされたら、途端にそれが膨れ上がる。
 なんで泣いているのとか、よくわからない。ただ泣けば泣くだけ悲しくなっていく。
 そんなとき、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「…………泣くな」
 びっくりして顔を上げれば、ひどく困ったような顔をして、滝夜叉丸が溜息を吐く。
「泣くな。お前はそれでも男か」
「お、おとこ、ですっ」
 きつい言葉に、もう一度涙をぬぐって鼻を啜る。ぐっと上げ続ける顔。でも、やっぱり涙が落ちる。
「…男なら、簡単に泣くな」
 むっと唇を曲げて懐から手ぬぐいを取り出すと、四郎兵衛の顔に押し付けてくる。なにが起きたかわらず固まっていれば、乱暴に拭われる。
「い、痛いですっ」
「だったら、自分で拭け」
 それでももう一度、人の顔に手ぬぐいを押し付けて、ようやく滝夜叉丸は四郎兵衛を開放する。涙と鼻水がついた手ぬぐいをそのまましまうから、慌てて手を伸ばす。
「あ、洗って、返します」
「別に構わない。それより柔軟だ」
 いいから座れと地面を指差され、伸ばした手の行き場がない。涙は止まったけれど、やっぱり不安と切なさが消えることはない。少し離れた先輩たちの方にまたも救援の視線を送ってしまう。すると、目が合った小平太がニカッと笑って手を振った。
 気づいてくれた!!
 それだけで、ぱっと明るくなる心。だが、隣で気づいた委員長が腕を振り上げると、直後、小平太が右から左へ、あっという間に視界から消える。
「あ……ええっ!?」
 身体ごと左を向けば、土煙が昇っている。その先に転がっている紺色の塊。なのに平然と滝夜叉丸は息を吐く。
「気にするな。よくあることだ」
「でもっ!? え、なにが起きたんですかっ」
 見間違いでないならば、多分、殴られたんじゃないだろうか。そんな、大丈夫なの? 四方八方を見渡しても、誰も彼も気にした風もない。四郎兵衛にしてみれば大事件なのに、なんというか頭が変になりそうだ。
 ポン、と肩を叩かれたのはそんな時。大混乱の脳にいきなり冷や水を浴びたような感じで、言葉にならない悲鳴が上がる。
 あんまり驚いたものだから、叩いた当人である滝夜叉丸も、びっくりしている。またも流れる気まずい空気。それを打ち払うように、白い手がさし出される。
「行くぞ」
「……え?」
「お前はさっきからそればかりだな。向こうへ行くぞ。気になるんだろう?」
 溜息交じりに呟かれ、早く握れとばかりに手が振られる。
 連行されるって、こんな気分なんだろうか。おずおずと手を取ればすぐに握り返されて、ふたつ上の先輩はすたすたと歩き出す。