撮・影・感・度
2.キャリブレーション
「普段、何か音楽聞くか?」
撮影衣装に着替え、簡単なメイクも済ませてカメラの前に戻ったゾロに、サンジが声を掛けた。
唐突に聞かれたそれにゾロは困惑気な顔で、カメラを持ったサンジを振り返る。
「…は?」
「音楽だよ。J-POPに洋楽、演歌まで。クラシックもジャズも一通り揃ってるけど?」
その場にしゃがみ込んだサンジは、カメラを置くと足元のボックスからCDを何枚か取り出して自分の顔の前にズラリと並べて見せた。
ボックスの中には結構な数のCDが並んでいるらしい。
カメラだけでも数台持つカメラマンが、なぜわざわざそんな物まで持ち歩いているのかゾロにはよく解らず、更に解らないと言った顔をしてしまう。
「いや…特に聞かねぇけど」
「ラジオも聞かねぇ?」
「ああ」
服や小物もそうだが、音楽と言うものもゾロにとってはまるで縁がないものだ。
町中で音楽が流れていると煩いと思う性質だし、むしろ剣道をやっていると静寂の中でこそ精神統一も出来るし落ち着く性分だ。
正直に答えたゾロに、サンジは広げたCDを見下ろして「そっか」と少し残念そうに呟いた。
「聞きてぇなら流してもいいぞ、別に」
珍しく気を使ったようなゾロのその言葉に、サンジは一瞬だけキョトンと固まった。
そんなサンジにゾロが何か変な事を言っただろうか、と考えるより前に「ははっ」と声を上げてサンジが笑う。
「俺が聞きてぇんじゃねぇんだ。このCDはモデルのためのモンだから。聞かねぇならいいんだ。無音でやろう」
まだクク、と喉の奥を鳴らすように笑ったままのサンジが再びカメラを手にした。
セットに立つゾロに向けてファインダーを向け、三脚は使わずにサンジ自身もウロウロと動いてアングルを探す。
と言う事は、自分は大きく動かなくてもいいと言う事だろうか。
そう考えてふと思い出した。
音楽をかけてモデルにリラックスしてもらったり、モチベーションを上げたり、またはアップテンポの音楽をかけて、その音楽に乗って動くと言うやり方をするカメラマンやモデルもいるらしい。
サンジは恐らくそんな気遣いをしたのだろう。
始めて撮るモデルだからこそ、考えてくれたのだと思えた。
そんな気遣いは有り難いが、やはりゾロはサンジに対して違和感を感じている。
何に対して違和感を感じるのだろうかと、無音のスタジオに聞こえ始めたシャッター音を聞きながら考える。
「…何がそんなに可笑しいんだ?」
写真を撮るのが嬉しいのか、それとも今までの音楽の話が可笑しかったのか、まだ口元が笑っているようなサンジにゾロはモデルの癖に仏頂面で問う。
その表情も気にせず、サンジは変わらずファインダーを覗き込んだままシャッターを切る。
「ん? いやぁ、モデルとしてスレてねぇんだなと思ってさ」
確かにそうだ。
ゾロはこの仕事を始めたのもシャンクスとエースに誘われたからだし、この出版社以外の雑誌にも出ない。
ゾロを撮った事のあるカメラマンはシャンクスだけだ。
ゾロは他のカメラマンを知らないし、他のモデルもエース以外に知らない。
撮影を見てはいたけれど、そんな事を気にした事もなかった。
本格的にプロとしてモデルをしている業界の先輩などと言う人物は、ほとんど写真でしか知らないのだから、他のモデルが撮影時にどうしているのかもよく知らないのだ。
しかしサンジの言葉がゾロを褒めたのかからかっているのか良く解らず、ゾロの仏頂面は崩れない。
「…悪かったな、素人で」
別に悪いとも思っていないのだが、不貞腐れたように呟いたゾロにシャッター音が響く。
「別に悪いなんて言ってねぇよ。…あ、今の角度」
カメラ片手にファインダーを覗くまま、サンジは片手でゾロの動きを制した。
カメラに対してほぼ背中を向けるような角度で動きを止めたゾロは、顎を上げて肩越しにカメラを構えるサンジに視線を流す。
最初に感じた違和感と、ふわふわと掴み所がない印象のサンジ。
帽子とメガネで表情もよく解らないけれど、少しでもその顔を見ようとゾロの視線が流れる。
「…いいな、それ」
そのゾロの動きをファインダー越しに見ながら、続けてサンジはシャッターを切る。
それからまた自ら動いてアングルを探すサンジが、友達に世間話をするように口を開いた。
「俺さ、シャンクスとはガキの頃から知り合いなんだ」
「…そうなのか」
「ああ。俺の育ての親とシャンクスが知り合いでさ。ガキの頃からよくシャンクスの仕事場に遊びに来てたから、色んなモデル見てきたんだよ」
成る程。
だからこその気遣いだったわけだ。
ふうん、と興味なさげにゾロが答えても、サンジは構わず自分の事やシャンクスの事、他のモデルの話をしたりして、ゾロはそれを黙って聞きながら好きなように動く。
サンジも話しながら動き回ってアングルを探し、好きなようにシャッターを切る。
そんなサンジの声を聞きながら、ゾロは感じていた違和感に思い当たる。
サンジの口調は外見の第一印象と違ってかなり明るくさばけている。
ダサいカメラオタクなら、偏見かも知れないがもっと暗いイメージがあった。
最初の「ヨロシク」の言葉もボソリと小さかったし、まるで喋らない大人しい奴かと思った。
それがこの明るく乱暴な言葉遣いとよく回る舌はなんだ。
外見と中身に物凄いギャップを感じる。
カメラマンなのにこの外見。
この外見なのにこの中身。
サンジと言う人間を少しずつでも知っていくたびに、違和感を感じる。
それにこの撮影の進め方。
仕事の話の中でくだらない事ばかりゾロに聞きながら撮影を進めるシャンクスとは、全く正反対だ。
まるでゾロに喋る隙を与えないように、サンジはさっきから自分や他人の話ばかりしている。
元々あまり喋らないゾロにとって、ただ聞いているだけのこの撮影スタイルは楽でいい。
「ふーん」とか「そうか」とか。そんな相槌でしか口を開いていない気がする。
カメラマンによって撮影スタイルは変わるものなのだと、今更ながらにゾロは感じていた。
何着か衣装を変えて撮影はスムーズに進んだ。
撮影の間、サンジはベラベラと良く喋り続け、ゾロはそれに相変わらずな相槌だけを返していた。
一通り撮影が終ると、サンジはフィルムを巻き取りながら満足気にゾロに笑て見せた。
「お疲れさん。現像したら見せるから、楽しみにしてろよ」
「…おう」
そんなに写真を撮るのが楽しいのかと思わせるような笑顔を見せるサンジと、今日の撮影だけで随分と親しくなった錯覚をゾロは覚える。
たぶんそれはサンジが自分の事も明け透けに語ったからなのだろうが、考えてみればゾロはほとんど喋っていない。
親しくなったと思ったのも、恐らくゾロの一方的なものだろう。
スムーズに撮影が終ったとは言え、大学が終った後でこのスタジオにやってきた。
既に外は真っ暗な筈だ。
早く着替えて帰ろうとゾロが更衣室へ足を進め始めた時、やけに能天気な声がスタジオに響いた。
「ゾロぉ〜、おっ疲れ〜!」
聞きなれた声にゾロが振り返ると、案の定見慣れた人物がスタジオの扉を潜って手を振りながらゾロに向って来る。