ヒカリ 3
自分はとんでもない相手と対峙していたのだという驚きと、自分では勝てないかもしれないという焦燥。しかし、そんな存在が今、己の手の内にいると言う歓喜も胸に込み上げる。
そんなシャアの想いを余所にフラナガンが話を進めていく。
「こちらをご覧下さい。ガンダムの戦闘データと機体情報です。大佐から頂いたガンダムの戦闘データを確認したところ、機体がアムロ・レイの反射速度に追いついていない状態でした。そして、それを補う為、マグネットコーティングという処理が最近施されています。」
シャアはその資料を手に取り、最近一部のジオン兵の間で囁かれているアムロのあだ名を思い出す。
《連邦の白い悪魔》
戦場でガンダムを見た兵士はその姿をこう呼んで恐怖したという…。
『まさに白い悪魔だな。戦場でその姿に魅入られた者は瞬時に命を失う…。』
シャアは拳をグッと握りしめ、データへと視線を戻した。
「以上の結果を元に総合的にアムロ・レイを評価しますと、彼は戦闘に特化したニュータイプだと言えます。」
《戦闘に特化したニュータイプ》
その言葉にシャアは苦笑する。
かつて、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプとは人々と通じ合い、理解し合う事で争いのない世界を創り出す者だった筈だ。
『戦時中の今この時ではその力は戦闘でこそ力を発揮する。皮肉なものだ…。』
アムロの感知能力値、戦闘データ、そして反射神経や運動能力を纏めた資料に目を通しながらシャアが呟く。
「ニュータイプ能力を戦闘に最大限に活かすための反射神経と運動能力、そして豊富な工学知識か…。」
「そうですね。工学や機械知識があるというのも大きな要因でしょう。モビルスーツをどう操作すれば良いか、いかにその性能を最大限に引き出せるかを熟知しているからこその結果だとも言えます。」
「なるほどな…。ところで、サイコミュの検査結果が無いようだが…。」
「はい。ここ数日の検査で少し疲れてしまったようなので、もう少し落ち着いてからサイコミュの方も行なっていきたいと思います。」
「そうか、分かった。ところで、今、アムロ何処に?」
「中庭を散歩していたようですが…。」
「分かった。行ってみる。では、フラナガン、引き続き宜しく頼む。」
「はい。畏まりました。」
中庭に向かうと、木陰で芝生に寝転がるアムロと隣に座るララァがいた。
シャアに気付いたララァはそっと微笑むと人差し指を立てて口の前にあて、「静かに」と合図を送る。
ゆっくりと音を立てずに近寄ると、アムロは穏やかな寝息を立てて眠っていた。
流石に連邦の制服のままでは拙い為、アムロにジオンの制服を着せようとしたが、どうしても嫌だと拒んだので、今はジーンズにTシャツといったラフな恰好である。
身体を丸め、ララァに寄り添って眠る姿はその恰好の所為もあって年齢以上に幼く見える。
ララァがアムロの柔らかな癖毛にそっと指を入れ、優しく梳くと心地よさそうに表情を綻ばせた。
「可愛いでしょう?」
ララァの問いに少し驚くが直ぐに「そうだな」と微笑み返す。
「アムロは大佐の事が好きですよ。」
「そうかな?」
「ふふふ。自分では気付いていないみたいですけど。それに意地っ張りだから気付いても素直には言わないかも。」
コロコロと笑うララァの頬に手を添えると、シャアはそっとその頬にキスをする。
そのキスにララァは一瞬驚いた顔をするが、ふふっと微笑みシャアの頬にキスを返した。
「何だかお母さんになった気分です。」
「随分大きな子供だな。」
眠るアムロを見て答えると、
「ふふふ」と、ララァは微笑み、そっとシャアの頬に手を添える。
「そうですね。」
意味ありげな視線を残してララァが微笑むと、アムロから声が聞こえてくる。
「うんん…ララァ…?」
「アムロ、起きた?」
目をこすりながらゆっくりと目を開けるアムロがララァのエメラルドグリーンの瞳を見つめる。
「ん…、僕…寝てた?」
そして、ふと目の端に真っ赤な気配を感じて勢いよく起き上がる。
「え!?シャア!?」
その驚いた様子にシャアとララァが思わず噴き出す。
「そんなに驚く事はなかろう?」
「驚きますよ!」
アムロは身体についた芝生を払いながら、動揺する心を必死に落ち着ける。
「大分疲れているようだな。検査は大変か?」
「別に…、大丈夫です。」
アムロを気遣うシャアに内心動揺しながらも平静を装って答える。
「それに、ジャブローの時みたいに薬を注射されたり身体中に電極を付けられるような事もありませんでしたし。」
その答えにシャアが眉を寄せる。
「連邦は最前線で戦う君にそんな事をしたのか?」
「え?あ…、はい。その後も栄養剤だって言って何か薬も飲まされましたけど、それはセイラさんが気付いてくれて…」
と、シャアの妹であるセイラの名を出してしまい、どうしようかと思ったがシャアは少し反応を示しただけで特に何も言わなかったのでそのまま言葉を続けた。
「だから…ここでの検査は…そんなに苦痛ではありませんでした。」
「そうか…。」
シャアは連邦のアムロに対する扱いに憤りを感じつつも、ここでの検査に苦痛を感じていない事に安堵する。
「今日はもう帰って良いそうだ。これから一緒に食事をしよう。」
マスクをしている為、口元しか見えないが微笑んでいるシャアにアムロは動揺を隠せない。
どう返事をして良いものか戸惑っていると、隣にいるララァに腕を組まれ、そのまま二人に連れられ食事に出掛けた。
食事を終え、ここでの仮宿である軍事施設の部屋に戻ると、アムロはベッドにゴロンと寝転がり大きな溜め息をつく。
「僕はこれからどうなるんだろう…。ホワイトベースのみんなはどうしてるかな…大丈夫だろうか…」
両手で顔を覆い、ベッドへと身を沈める。
「帰りたい…、でも…帰りたくない…。」
ホワイトベースのみんなには会いたい。でも、また戦場に出るのは辛い。
それに…、ララァや…シャアと離れたくない…。と、そこまで考えてガバリと起き上がり、自分の思考に動揺する。
『シャアと…離れたくない!?』
「何で?…あんな酷い事されたのに…」
『酷い事?あれは薬を飲まされた僕を助けてくれたんだ。』
「僕をみんなから引き離したのに」
『あのままホワイトベースで戦い続けていたらきっと僕の心は壊れていた。』
「僕は…どうしたいんだ?」
『ずっとララァとシャアと一緒にいたい』
「みんなはきっと僕が居なくなって困っている。」
『でも、フラウやみんなの心は僕を頼りつつも恐怖していた。もしかしたら居なくなってホッとしているかも…。』
アムロは自分の心の声に胸が締め付けられ、両腕で自身の肩を抱き締めうずくまる。
すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
アムロが返事をする前にドアはシュンと開き、そこから赤い気配を感じた。
姿を見なくても誰が入って来たのか直ぐに分かった。
赤い気配はアムロの元まで来ると、そっと柔らかい癖毛を撫でる。
「何か用ですか?」
顔も上げず、ぶっきらぼうに答えるアムロに苦笑を漏らすと、赤い気配の主はそのままゆっくり髪を梳く。
「ララァが君の様子を見て来いと言うのでね。どうした?辛いのか?」
その言葉にアムロがビクリと身体を震わせる。
《辛い…》