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DEFORMER 2 ――キズモノ編

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 こんな状態の俺を一番わかっているのはアーチャーで、頼ることができるのもアーチャーだ。だけど、それを俺がやってもいいのか疑問に思う。
 アーチャーは、いったいどういうつもりでおとなしく日本にまでついてきてくれたのか。確かに契約しているからって理由はあるだろうけど、そんなもの、あいつが拒否しようとするなら、契約破棄なんて、やってやれないことはないはずだ。キャスターの宝具を投影すればいいだけで、それで俺との契約なんて簡単に解除できる。
 それでもここにいるのは……?
 アーチャーの理由を確かめなければいけない気がする。
 川からの冷たい風が頬を掠めた。この川の向こうに、我が家であった武家屋敷がある。
「歩み寄る、か……」
 あれから――記憶を取り戻してから、会話すらしてない。
 当たり前だな、俺たちに話すことなんて、何もな……い……?
 本当にそうか?
 話すことも相談することも、何もないのか?
 あの変人魔術師を遠坂が連れてきて、俺の身体を元に戻すことになったら……、アーチャーは?
 身体が変わるのと同じ感じで戻るんなら、その間、俺は、ほとんど動けない。
 その間にも、アーチャーに魔力を供給しないといけないよな?
 俺の身体は使い物にならないのに、どうやって魔力を補給するんだ?
 遠坂にその間、魔力の供給を頼むのか?
 カッと怒りのようなものが湧いた。
 自分でも驚いて、思わず周りをキョロキョロと確認してしまった。
 俺、今、何を思った?
 遠坂はセイバーと契約している手前、アーチャーに魔力を与えるとすれば、直接供給をすることになる。
(遠坂とアーチャーが……?)
 アーチャーに魔力を与えてほしいと頼まなきゃならないのは俺の方で、俺が身動きできないからって頼めば、遠坂はきっと承諾してくれるはずで……。
 なのに、俺は……。
 モヤモヤとしてきて気分が悪くなってきた。なんだか、至ってはいけないところに至りそうで、軽く首を振った。
(アーチャーと、話を……)
 苦し紛れに、今やらなければならないことを思い出す。
 記憶がなかったといっても、あそこで俺たちは一緒に過ごした。
 契約を言い出したのはアーチャーだけど、望んだのは俺も同じだ。アーチャーといたいって、俺は、思ってしまったんだ……。
 なんの責任も無いわけがない。これからのことを、俺はアーチャーと話さなければいけない。
 アーチャーの意思を訊かなければ……。
 受肉を済ませたと言っても魔力は必要なはずで、あいつは何も言わないけど、俺の魔力はやっぱり微々たるものだろう。
 いや、そんなことよりもアーチャーは、ここにいることを望んでるのか?
 そもそも、俺と契約をしていたいと、思ってるのか?
「話さないとな……」
 どんな結果が待っていようとも、俺はここで二の足を踏んではいけない。アーチャーの意思を尊重しないと。たとえ座に還るつもりだと言っても、俺は承諾しないと……。
 胸がずしり、と重くなる。
 そんなこと、受け入れたくないと思ってる。
(この気持ちはヤシロのものだ、俺じゃない……)
 必死にそう思いながら、足がいっこうに動かない。
 川からの冷たい風を浴びて身震いする。
 震えるのは寒いからか、他に理由があるのか。
(身体が元に戻れば、アーチャーとの関係はどうなるんだろう……)
 俺は不安なのか?
 俺の身体が元に戻れば、アーチャーは座に戻るのかもしれないって……?
 いや、その前に、もうすでに還ろうとしているんじゃないのか?
「…………」
 どのくらいそうしていたのか、完全に身体が冷えきって、震えが止まらない。
 やっと仮住まいに戻る決心をつけて歩き出す。
 仮の家路を重苦しい気分で、ただ歩いていた。



***

 時計を見上げ、落ち着かず、キッチンとリビングを行ったり来たりする。
「遅い……」
 午前八時に凛と待ち合わせて病院へ行っているはずだが、遅すぎる。もう午後三時半を過ぎた。
「まだ病院か?」
 そわそわとしながら、凛の家に電話でもかけようかと思ったが、病院が混んでいて、遅いランチでもしているのかもしれない。下手にこちらから動くのも癪だ。
 しかし、病院とは、なぜだ?
 魔術協会で身体検査は済ませたはずだ。
 衛宮士郎には、どこか他に悪いところがあるのか?
 昨日の段階で病院に行くと言っていた手前、すでに凛は決めていた、ということだろうが……。
 衛宮士郎は何も言わなかった。というより、我々はまだ、会話というものをしていない。
 ヤシロとならば、何も気負うことなく話せたというのに、衛宮士郎にはどうも身構えてしまう。
 彼女と同じであるはずなのに、衛宮士郎は……、私と斬り合った記憶を持っているために……。
 斬り合ったのもそうだが、私は、衛宮士郎を亡きものにしようとしていた。傷を負わせ、血を流させ、さんざん罵り、嘲り、貶め、衛宮士郎という男を真っ向から否定しようとした。
 そこまでした相手に、急に優しくなどできるものか。
 身体が女だから優しいのかと勘ぐられるのも嫌だ。
 確かに、今の衛宮士郎には、つい手を貸してしまいそうになっている。どうにか自身を抑えているが、それもいつまでもつか……。
「日没が近いな……」
 二月の末で、日は長くなりつつあるとはいえ、夏場とは違う。午後四時前になると日はずいぶんと傾き、影が長く伸びる。
 あんな格好で……。
 膝くらいまでのスカートでは足が寒いだろうに……。
 着慣れない服を着て、私の顔を見ないように俯いて、足早に前を過ぎた姿を思い出す。
 もう少しで抱きしめそうになった。
 急にあんな格好で出てくるから……。こちらは心の準備すら整っていないというのに……。
 どうにか自身を抑えたが、玄関扉の隙間から見えた赤くなった横顔が焼きついたように頭から離れない。
「触れたい……」
 鼓動が熱い。
 すでに死を迎えたはずの私が、なぜ、こんなことになっているのか……。
 あの時……。
 ヤシロに口づけたのは、彼女を守るためにこの身を失ってもやむなし、と覚悟を決めていながら、どうしようもなく離したくないと、溢れそうになる想いをどうにもできなかったからだ。
 まだ、触れたい。まだ、キスをしたい。まだ、抱きたい。
 魔力の補給などではなく、お前が欲しいのだと、私はあの結界の中で、確かに思っていた。
 涙で濡れた琥珀色の瞳は私を映し、熱い舌は私の口づけを受け止めていた。
 お前はあの時、どんな気持ちだった?
 お前は、少しでも私を離したくないと思ってくれていたか?
 いや、訊くまでもない。ヤシロは私が消えるくらいなら、あそこにいると言った。私といられるなら、記憶など要らないと、籠の中にいると言い切った。
 そうだな、ヤシロは、私だけを求めてくれていた。
 衛宮士郎、今、お前は、私を必要としているか……?
 お前には、私など、もう必要ないのか?
 ヤシロは私と一緒にいたいと言ってくれた。
 お前は、違うのか?
 記憶が戻れば、そんなことは戯れ言だと言い張るのか?
「は……」
 ため息がこぼれる。それは、何やらおかしなほどに切ないものだ。
 私は何を不満に思うのか。