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DEFORMER 2 ――キズモノ編

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 衛宮士郎であれば、記憶がなく、一時的な感情で私を受け入れたとしても、やはり、相容れないという結論に至るのは当たり前のことだ。
 なにせ、私を全否定してくれたのだからな、あいつは……。
 私は、思い出してほしくなかったのだろうか?
 アレには、ヤシロのままでいてほしかったのか?
 ヤシロには記憶を取り戻すために外へ出ろと言っておきながら、いざ、己に都合が悪くなると、手のひらを返したように……。
(私と一緒にいたいとは、もう、思わないのか……?)
 そんなことばかりを考えている。
 正面切っては訊けないことを、わかりきった答えを否定したくて、私はぐるぐると堂々巡りの疑問を浮かべている。
 答えなど衛宮士郎に訊かなければわからない。だが、私は、その質問を口にすることすら恐れている。
 当たり前だ、と吐き捨てられれば、私は、どうすればいいのか。
 お前となどやっていられるか、と切り捨てられたら、私は……。
 リビングの掃き出し窓から路地を見つめる。
 駅の方から帰ってくるなら、ここからその姿が見えてくるはずだ。
「早く……」
 帰ってこい。
 暗くなる前に、私の焦燥が限界を超える前に、早くその姿を見せて、安心させろ。
 そう願っていると、角を曲がって、重そうな足取りで、こちらに向かってくる、見慣れたような、見慣れない姿が見えた。手にレジ袋を提げている。
 買い物などしていたのか、アレは。
 それでこんな時間に?
 そんなもの、一度帰ってからでもよかっただろう。私がどんな気分でこの部屋で待っていたと思っているのか。
 そんなことは、露程も思わないのだろう。
 アレは、私のことなど、欠片も考えてはいないのだから。
 私の想いになど……気づきもしないのだから……。

「……ただいま」
 一応帰宅の挨拶はしてくる。
「ああ」
 それに私は不機嫌に答えるしかない。
 どんな顔をすればいいかわからない。
 なんと声をかければいいか……。
 寒かっただろうとか、買い物までして疲れただろうとか、いくらでも選択肢はある。だが、衛宮士郎を前にすると、やはり、以前の居心地悪さを思い出し、眉間にシワを刻んでしまう。
 私がそんなだから、当然、衛宮士郎もムッとして自室に入ってしまうわけで……。
「は……」
 ため息が、苦い……。
 衛宮士郎の寝室となっているその部屋に、私は出入りを禁じられている。
 “親しき仲にも礼儀あり”よ。
 そう言って凛が決めたのだ。
 以前であれば――衛宮士郎が男であれば、問題はなかった。
 だが、今は違う。無理やりに変えられたとはいえ、衛宮士郎は女の身なのだ。
 そこはきちんとしないと、という凛の心遣いもわからなくはない。
 男女であるならベッドは分けるべき、と凛は言い切った。
 まあ、私にベッドは必要ないため、衛宮士郎の分だけが設置された部屋が、アレの自室のようになってしまうのは仕方がない。他に個室はないのだから。
 個室といっても広い部屋ではない。家具付きマンションの1LDKのうちの、衛宮士郎が使う部屋は、四畳半程度の広さしかない。だが、運び入れる荷物もないため、その部屋には家具といえばベッドしかない。あとは衣服があるくらいで、仮住まいという手前、今後、何かしらの家具が増えるとも思えない。
 私と衛宮士郎で男女などと、凛は何を言っているのか、と呆れたのは最初だけだ。
 凛とセイバーが帰宅してしまうと、途端に静寂が訪れたこのマンションの一室で、話すこともなく、何をするでもなく時間をもて余してしまい、ちらり、と目を向けた衛宮士郎に生唾を飲んでしまったのだ。
 アレは、ソファの前に座り込み、片膝を抱えてそこに顎を載せ、伏せ目がちにぼんやりしていた。
 色々なことが一気に起こりすぎ、気持ちの整理だったり、頭の中の整理だったりが追いついていないということはわかった。わざとそんな表情を浮かべたとも思えない。そんな器用さは衛宮士郎にはない。
 わかっていても、伏せた目元がやたらと色っぽく、小さなため息をこぼす唇の隙間から見える肉の紅さに眩暈を覚えた。
 落ち着かず、かといって意味もなくリビングを歩き回るわけにもいかず、昨夜は、掃き出し窓の前でずっと夜の街を見続けてやり過ごしていた。
 そんな夜が明けた朝には、膝丈のスカート姿を見せられ、帰宅の遅さに焦燥に駆られ……。
 いい加減にしろと言いたい。
 私を翻弄して楽しんででもいるのか?
 その性格、凛とどっこいどっこいだぞ。
 エミヤシロウが衛宮士郎に翻弄されるなど、まったく……、冗談ではない。

 部屋から出てきた衛宮士郎は、ジーンズとシャツに着替え、上に着たフルジップのフリースのファスナーを顎元まできっちり上げた。少しほっとする。そういう格好ならば、以前と変わらないために問題はない。
「食う?」
 小さな茶色い紙袋を見せて、私に窺う。
「なんだ」
 不機嫌に答えると、たい焼きだ、と言って、レンジに紙袋のまま放り込んだ。
「帰るまでに、冷めちゃってさ」
 電子音とともにレンジの蓋を開けて紙袋を取り、中からたい焼きを一つ取り出し、紙袋の方を私に差し出す。
「ん」
 お前の分だ、と衛宮士郎は私を見上げた。
「あんこだよ。大丈夫だろ?」
 頷く代わりに紙袋を受け取る。触れた指先が冷たかった。
「外は……寒いか……?」
 たい焼きを齧って訊けば、少し、と答える。
 黙々とたい焼きを食べ終えた衛宮士郎は、ぺろり、と指先を舐めて、レジ袋から白菜を取り出す。
 舐めた指先が気になって仕方がない。動揺をおさめようと、極力静かに訊く。
「鍋か」
「鍋だ」
 短いやり取りで、私は土鍋をキッチンの吊り戸棚から取り出す。
 このあたりのツーカー度は熟年夫婦も舌を巻くだろう。
 家事に関して我々は、当たり前の話なのだが、基本的なところがリンクしている。
 熟練度は違うが、元となる事柄にはブレがない。したがって、次に何をするかという思考は、ほぼ百パーセントの確率で当たっている。
 話題が見つからず居心地の悪い時間を過ごすよりは、こうして黙々と二人で何かをやっている方がいい。
「だし昆布、買うの忘れたから、これ……」
 顆粒だしをコンロの側に置き、衛宮士郎は、心なしか身構えている。私がくどくど文句を言うとでも思ったのか、さあどうぞ、とばかりに……。
「まあ、そんなことも、あるだろう……」
 衛宮士郎が私を見上げた気配がする。
「あんた、どうした?」
 困惑して訊かれ、答えに窮する。
「熱でもあるのか?」
 あるわけがない。
「アーチャー?」
 私の腕を掴む手は、思ったよりも力が強い。
「山ほど小言を垂れるチャンスなんだぞ?」
 私をどんな奴だと捉えているのか……。
「そんな気分ではない」
「…………」
 息を詰めたのがわかった。
 なぜ、衛宮士郎は、そんな反応をするのか……。
「魔力……か?」
 なんでもかんでも原因をそこに直結させるのは、悪い癖だぞ衛宮士郎。
 呆れて目を向ければ、不安げに揺れる琥珀が、私を真っ直ぐに見つめている。
「……っ…………」
 ヤシロであろうと、衛宮士郎であろうと、その瞳は、私の冷静さを削いでいく。