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DEFORMER 5 ――リスタート編

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「う、そ、そう、だけど…………。う、ん、ま、まあ、そうだな。ありがとうございます。また、お礼に行きますって、言っといてください」
 士郎はようやく諦めがついたようで、強面男を見送った。
「アーチャー、運転、できるんだよな?」
「ああ」
 心配そうに見上げる士郎は、私の運転技術を疑っているようだ。
 確かにこの手の高級車は気を遣うし、あまり乗りたくはないが、運転することに不安を感じたことはない。
「こんな高級車でも?」
「もちろんだ。すぐに出るとしよう。路上駐車も迷惑になるからな」
 戸締りをして、仮住まいのマンションまで高級車でドライブとなった。


 高速道路脇の景色は流れ、街中を抜け、防音壁がなくなり、対面通行になっていき、やがて午後の日差しにキラキラと反射する水面が見える。
「海だー」
 仮住まいの荷物を引き上げ、そのまま家には帰らず遠出してしまっている。
 原因は、目下、助手席で景色に夢中の、このマスターの一言。
 “アーチャーがハンドル握ってるの、なんか、カッコいいな”
(くそ……、押し倒したい……)
 ハンドルを握っていなければ、即、実行なのだが、そういうわけにもいかない。
 悶々とするものの、こちらに背を向けて、車窓を眺めている姿を、ちらり、と見遣れば、まあ、いいか、となってしまう。
 薄っすらガラスに映る顔が、なんとも可愛い。
 それだけでもう、いろいろとどうでもよくなる。少し、問題かもしれないが……。
 高速道路を下り、幹線道路を離れ、砂浜近くの駐車場で停まれば、士郎はもどかしげにシートベルトを外して外へ飛び出した。
「子どもか、まったく……」
 走り行く背を見つめながらぼんやり思う。
(こんなだったろうか、私は……)
 二十歳を目前とした自分自身は、こんなに幼稚だっただろうか?
 そもそも、車で海に行ったことなどない……はずだ。
 私の記憶など、たいしたものは残っていないが、とにかく、海を見てはしゃぐ要素など持ち合わせていない。今も、過去も。
 過去の自分と、今、私の視界にある衛宮士郎の姿の差異に首を捻る。
 私の視線の先にある士郎は、数メートル先で振り返り、私が来ていることを確認してまた少し先へと進む。
「…………」
 士郎の仕草一つに湧き上がってくる感情はなんだ、まったく。
 あれは、衛宮士郎。私と元を同じにする、殺し合った者だぞ。それを相手に、何を私は……。
(頭のネジが、少々緩んでいる……)
 そう思うものの、やめられないのは……、アレの可愛さ故か、愛情故か……。
「…………くっ」
 思わず目元を片手で押さえた。アレが可愛すぎるのは、私の頭がどうにかなっているからだ。
 世の中には、もっと美人だったり、可愛らしかったりする者がいる。
 ただ、私にはアレがどうしようもなく……。
「は……」
 堂々巡りで、結局、否定できない。士郎が可愛いと思うのは、私の本心だ。
「アーチャー」
 私を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げれば、こちらを振り返っている士郎の姿。
 私がウダウダと思案している間に、ずいぶんと距離があいてしまった。足を早めると、今度は立ち止まったまま、士郎は私を待っている。
「どうかしたのか?」
 窺うように私を見上げる瞳は、なんとなくだが、不安そうに見えた。
「いや、お前は無邪気だな、と呆れていた」
 心にもない。
 可愛いとしか思っていなかったくせに、そんな強がりを口走ってしまう。
「どうせ、ガキだよ!」
 ムッとした士郎は、海の方へとまた向かおうとして、
「う、わっ!」
 砂に足を取られた。
 もちろん、私が腕を掴み、大事には至らない。
「まったく」
 不貞腐れる士郎は、助かった、と小さく礼を言う。
「気をつけろ」
 手を離せば、今度はきちんとした足取りで歩き出す。
(ああ、まったく……)
 そうして私は、また思う。
 可愛いな、と……。

 士郎は、波打ち際のギリギリまで行き、手を浸けて、まだ冷たい、と笑っている。
「けっこう、風が強いなー」
 赤銅色の髪を風にいいようにされ、ずいぶんと無邪気な顔で笑う。こんな顔で笑う人間だったろうかと、また過去の自分を振り返ってみるも、思い当たる節はない。
(お前は笑えるのか、そんなふうに……。そんな身体になったというのに……)
 ふと、士郎がうなされていた時のことを思い出した。
(心の傷は……)
 士郎の心の奥深くに刺さった剣は、いずれ抜けるのだろうかと、そんなことを思う。
 肉体の傷と同じで、剣を無理に引き抜けば、士郎は無事ではすまない。
 凛は、私には何かを伝えようとしていたと言ったが、私に言ったことと言えば、痛かった、ということだけだ。
「痛い……か……」
 衛宮士郎が“痛い”と言う。
 痛みに強いはずの衛宮士郎が痛いと訴えること、それは……?
 いずれ、話してくれるのだろうか、傍にいれば。
 波が繰り返し打ち寄せる。
 ざばり、ざばり、と寄せては引き、引いては寄せて……。
 繰り返される私の仕事と同じだ、などと思っては、くだらない、と自嘲が浮かぶ。
 この身はおぞましい肉体で、士郎は望まぬ身体、この先の展望に明るさなどない。それでも、私は……、
「アーチャー!」
 呼ばれて顔を向けると、何やらしゃがんで手招きしている。
 近寄ってみれば、
「ハマグリ」
 と、足元を指さし、白っぽい二枚貝を示す。
「殻だけだろう?」
「それが、ほら」
 指でコロンと返しても、同じような白い二枚貝だ。
「まさか……?」
「持って帰ろうか」
「いや、それは……、密漁になるのでは?」
「え? そうなのか?」
「漁協が管理している場所であったりすれば、密漁となる可能性がある」
 このあたりの漁港がどこにあるのかは知らないが。
「だが、まあ一つくらい、かまわないだろう」
「やたっ!」
「しかし、生きているのか? それは」
「さあ。開かなきゃ、わかんないけどなぁ」
 士郎はハマグリを大事そうに持って笑った。


「で? そのままドライブ? いいご身分ねー。マンションの手続きぜーんぶこっちに振ってくれちゃって」
「ごめん、すっかり忘れてた」
 私も忘れていた。
 同罪のため、士郎と正座で並び、凛に懇々と説教をされている。
「荷物取りに行って、鍵返したから、もう終わったなーって」
 確かに凛には荷物を引き払い、鍵を返し、管理会社で書類の手続きをするように、と説明を受けていた。
 それをすっかり忘れて海になど行ったのは、偏にマスターの…………、ああ、言い訳はよくないか。
 私が誘ったのだ。このまま少し走ろう、と。
 その時点で手続きのことなど、私の頭の中から消え失せていた。
 荷物の引き払いが午前中だったため、午後になっても我々が現れず、緊急の連絡先である凛のもとに連絡が入ったらしい。
 もう少し、気を引き締めなければ、いつまでも凛に甘えているわけにはいかないというのに……。
(というか……、たるみ過ぎではないか、オレ!)
 何をウキウキとドライブなど……。
 いや、だが、士郎が喜んでいるようで、つい。
 いや、それが、だめだというんだ。
 ほだされてばかりでどうする。
 しっかりしろ、オレ……。
「お世話になりました」
 士郎が頭を下げる。