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DEFORMER 5 ――リスタート編

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「……なりました」
 私も頭を下げる。
「まったく……、いつまでもお花畑じゃ困るわよ?」
「花畑って……」
 不貞腐れた士郎が、ぽつり、と呟けば、
「何か言ったかしら? 頭の中が花畑だから、花畑って言ったのだけれど、何か?」
「はい、すみません! 問題ないです!」
 凛の説教中は口を開かない方がいいと思うのだが……。
「でもさ、ハマグリ、拾ったんだ」
 まだ何か言おうとする士郎に、思わず額を押さえる。
「ハマグリ?」
「あれ」
 士郎が示した、カウンターの上に置かれたハマグリを、凛は訝しげに見据える。
「生きてるの?」
「たぶん」
「食べられるの?」
「さあ、どうだろ?」
「あのねぇっ! 食べられないんなら、ゴミよゴミ!」
 凛がさらに頭に血をのぼらせた。
「なんだよ。食べられるかもしれないじゃないか」
 まだ士郎は言い足りないようで、凛に訴えている。
 もう、頼むから、黙っていろ。凛のこめかみの青筋が見えないのか……。
「士郎……、もう、口を開くな」
 だめもとで士郎を止めた。
「でもさ、」
「アーチャー、夕食、さっさとして! 士郎、あんたは、肩もみ!」
 横暴な命令だが、まあ、従うしかないだろう。たとえ、ここが士郎の自宅であって、凛が居候する予定の者だとしても、だ。
 痺れた足を引きずりながら、渋々、士郎は座卓でお茶を啜る凛の肩もみをはじめ、私は台所に入った。


 結局、あのハマグリに中身は入っていなかった。砂が出てきただけだ。
「残念だったな……」
「そんなにハマグリが食べたかったのか?」
「そりゃ、こんなに大きいんだからさー」
 二枚に分かれた貝殻を、士郎は掌に載せて眺めている。
「よく見ると、貝殻の内側ってさ、キレーなんだな」
「まあ、螺鈿細工は確かに貝殻を使うが、ハマグリではなかったはず……。というか、もう、捨てろ、そんなもの」
「えー? いいだろー、きれいに洗ったんだからー」
「飾りにする趣味もないくせに、とっておいてもゴミになるだけだ」
 しばらくむくれていた士郎は、何やらひらめいたようだ。無性に、嫌な予感がする。
「アーチャー、これ、これ、人魚のやつ!」
 自身の胸に貝殻を当てている。貝殻ビキニと言いたいのか……。
「おま……っ……」
 その貝殻でおさまることに、何か疑問は浮かばないのか……。いや、浮かばれても困る。せっかく女性になったのだから、グラマーになりたいとか言われても困る。
 まあ、そう言われて、協力は惜しまないが……。
 思わず、無造作に脚に置いた手を握ったり開いたりしてみる。
(悪くはないな……)
 もう少しあってもいい。せめて、バストと呼べるくらいには……。
 今の士郎は、小学生が着けるような下着でいいようだ。Aカップもない、とは凛の見立てだ。
 当たっている。確かにAもない。本当に胸筋が脂肪に取って代わった程度に思える。
 士郎はそのあたりをどう思っているのか訊いてはいないが、元が男なだけに、無頓着なのは確実だ。
 胸が小さくて悩むような、乙女な感情は持っていない。
 何やら脱力してしまい、座卓に額を預ける。
「アーチャー? どうした? なんか、反応してくれないとさ、俺がバカみたいじゃないか」
 その貝殻ビキニに何を言えと?
「反応も、何も、だな……」
 呆れて言葉も浮かばないのだが……。
「ノリ悪いのな」
 いや、ノリとかそういう問題ではないだろう……。
 普通の恋人という括りの二人であれば、これはデリケートな話題となるのではないのか?
 微妙な空気が流れて、互いに気まずい思いを味わうような……。
 いや、確かに元々男であるお前にそんな感覚を期待した私がどうかしているとは思うが、つきあうということになったのだし、お前は女役ではなく、正真正銘女になったのだし、何かしら変化してもおかしくないのではないか?
 いや、急に女性らしくなられても戸惑うが、中身が男のままというのも残念な気が……。見た目が可愛いだけに勿体ないというか……。
「せっかく、アーチャーと一緒に行ったのになぁ」
 ぴく、と耳が反応する。
「美味しかったなーとかって思い出になったらよかったのに」
 顔を上げると、二つの貝殻を持って、つまらなさそうに表、裏と返して眺めている。
(それは、どういう……?)
 まさか、それは、デートとか、そういった感じのことだと言いたいのか?
「士郎……」
 座卓を挟んだ向かいから四つ這いで士郎ににじり寄る。
「な、なんだよ?」
「では、大事にとっておけ」
「え?」
「“美味しかった”ではないが、“中身がなくて残念だったな”という思い出にはなった」
「そんなの、こじつけみたいだけど?」
「ああ。こじつけだ」
 はっきりと告げれば、しばし貝殻を見つめて思案している。
「……そっか。うん、そうだな」
「一緒に出かけたことが、思い出なのだろう?」
「ん」
 頷く士郎を抱き寄せて口づけた。



***

 三日もすれば、我が家での生活なんてものは元通りなわけで、すぐに俺は今までの……、二年前までの生活感覚を取り戻した。
 何も変わっていない。変わったのは、俺の身体とアーチャーがいることと、そのアーチャーが俺の恋人だってことくらいだ。
 身体が女になったからって、心まで女になったわけじゃないと思う。テレビに出てるイケメン俳優とか見てもときめかないし、街中で見かける顔の整った男を見かけても、何も感じない。
 だけど、アーチャーだけは、別なんだよな……。
 好きだと思う。
 アーチャーも好きだと言ってくれる。
 俺たちは、互いに納得のいかない身体でありながら、元を同じにする者だとわかっていながら、惹かれ合っている。
「士郎」
 呼ばれて顔を上げると、マグカップを渡される。
「上の空だが?」
「あ、う、うん、ちょっと、休憩」
「手こずっているのか?」
 藤ねえから、やっておけ、と指示された課題もそっちのけで、アーチャーのことを考えてるなんて……、言えない。
「い、いや、そんなには……。勘を取り戻せば、どうにかなるくらいだから」
「そうか」
 座卓の角を挟んで隣に座ったアーチャーに頭を撫でられる。頬杖をついて、俺を緩やかに細めた目で見つめて、アーチャーは、ほんっと、俺を困らせる。
(どこに目を向ければいいか、わからないじゃないか……)
 熱くなってくる顔を俯けて、アーチャーの作ってくれたココアの甘い香りを吸い込んで、ほっと息をつく。
 三月半ばを過ぎて、俺は高校に戻る準備をしている。昼間はだいたい課題をやるか、買い出しに行くかして過ぎていく。
 アーチャーと平日の昼間にゆったりと過ごす時間が持てるのは、あと半月ほどだ。勿体ないなと思うけども、高校を卒業すると決めたのは俺自身だからな……。
 遠坂はこっちに戻る手続きをしているらしい。ロンドンと冬木を何度も往復してるって聞いた。
 朝食と夕食には、藤ねえが来て一緒にご飯を食べ、夜はアーチャーと眠る。
 穏やかに、このまま日々が過ぎていくんだと思っていた。
 週末、遠坂が来るまでは……。


「桜が来るわよ」
「えっ?」
 寝耳に水もいいところだ。