DEFORMER 5 ――リスタート編
昨日――土曜の夜、ロンドンから、やっと帰って来れたわ、と言って家に来てそのまま泊まり、今朝、というか、もう昼前だけど、時差ボケで疲れた表情を隠しもせずに、遠坂は言い放った。
「は? な、なんで?」
「士郎が帰ってきたって言ったら、会いたいって」
「で、でも、お、俺、こんな、」
「ああ、大丈夫よ、桜には説明してあるの」
「そ、そうか……」
桜にまで話したのか。隠しきれないとは思ってたけど、もう少し時間が欲しかった……。
「あの子も心配してたのよ。だから、会ってあげて」
「う、うん……」
別に会うのはかまわない。でも、桜は嫌じゃないんだろうか、俺がこんなで……。
「あ、来たみたいね」
呼び鈴の音とともに、遠坂が立ち上がる。
「私が連れて来るわ」
え? もう?
(そんな……。心の準備がなんにも……)
遠坂は、俺の返事を待たずに玄関へ向かった。
「シロウ、すみませんが、お茶のおかわりを」
「あ、ああ、ごめん、今、淹れようとしてたんだ」
そうそう、お茶請けの煎餅を追加して、お茶のおかわりを淹れようとしていたら、桜が来るとか、遠坂が言い出すから忘れてた。
今日は日曜日で、藤ねえは用事があって、朝食を食べてすぐに出て行った。
遠坂は帰国してすぐで疲れているだろうから、そっとしておこうと思って、普段通りに起きていたセイバーにお茶を出していたんだ。
そしたら、起き抜けの遠坂が、桜が来るなんて言うから……。
(なんだって来る直前なんだよ……)
前もって教えてくれたら、俺だって心の準備ができるのに……。
「士郎?」
ポットの給湯ボタンを押していた手を取られる。
「え?」
「こぼれるぞ」
「あ」
昨日からの流れを反芻していて、急須に気が向いていなかった。
「私が淹れる。お前は座っていろ」
「あ、うん」
アーチャーにそう言われたものの、すぐに居間に戻る気になれない。
「どうした?」
「うん、桜が、来るって……」
「ああ、凛が、出迎えているな」
「俺、こんなだけど、いいのかな……」
アーチャーを見上げると、数度瞬いて、腕を組み、首を捻っている。
「特に今日の服装も髪も、乱れているようなところは見当たらないが?」
「いや、あの、格好とかじゃなくて……」
「お前が気にすることではない。外見云々で彼女がどうこう言うと思うか? それに、事情を知っていて、わざわざ会いに来るのだ、そこは、素直に受け取ればいいのではないか?」
アーチャーは淡々と告げて、急須を持っていき、居間のセイバーにお茶を注いでいる。
「そっか……」
何も気負うことなんかないんだな。
俺はこの身体で生きようと決めたんだし、原因はいろいろと納得いかないけど、今さらどうしようもないんだ、どんと構えていればいいんだな。
アーチャーの言葉に、少し勇気づけられた。
「先輩……」
目を潤ませて、俺を以前と同じに呼ぶ。
久しぶりに会った桜もやっぱり大人びていた。今は自宅から大学に通っているらしい。
(女子大生か……。桜がな……)
感慨深く思った。中学の頃から比べると、見違えるほど大人になったと思う。今となっては、俺の方がきっと年下みたいだろう。
「よかったです、よかったですーっ!」
抱きついてきた桜に、どうしていいかわからない。あわあわと腕を動かすだけで、結局、少し下にある桜の頭を撫でた。
しばらく、桜の抱擁を受け、ようやく座卓に落ち着くと、見慣れない女性がいることに気づく。
「あれ……?」
見慣れない……?
いや、どこかで会った気が、する……。
「あ、先輩、紹介しますね。ライダーです」
「は?」
ライダー?
それって、あの、ライダー?
「え? あれ? 慎二の、」
言いかけたところで、アーチャーに引き寄せられて、壁まで下がる。
「あ、アーチャー?」
見上げる表情は警戒心を露わにしている。
「あー、ごめん、ごめん、アーチャー、大丈夫よ、ライダーはもう聖杯戦争とは関係ないから。ただの桜のサーヴァントなの」
「え? サーヴァン……、と、遠坂?」
それ、言ったら、ダメなやつじゃ……。
「あ、士郎には話してなかったわね。桜、私の実の妹なの」
「はい?」
「小さい頃に間桐の家に養子に出されてね、それで、私がロンドンに行くのと同時に、冬木の管理者をお願いしたってわけなのよ」
「えっと……、姉妹? 遠坂と、桜?」
二人を指さして、交互に見ると、二人が頷く。
「凛、そういうことはもう少し早めに言っておいてくれ」
確かにそうだ。アーチャーは投影寸前だった。
アーチャーが好戦的な部類じゃなくてよかった。居間でやり合うとか、ほんと、やめてほしい……。
「士郎、今後ともよろしくお願いします」
軽く頭を下げたライダーは、丁寧に挨拶してくれた。
(俺、この人に、殺されかけたんだよな……)
複雑な気分で、同じく頭を下げた。
「ところで先輩、私、たくさんお土産を持ってきたんですよ!」
「お土産? 旅行でも行ってたのか?」
桜がフフフ、と笑う。
なんだかその笑い方、遠坂にそっくりだけど……。さすが姉妹。いや、感心してる場合じゃない。
その笑い方、何か、嫌なことが起こる前兆……?
「お、俺、昼ごはんの支度に、」
「先輩」
立ち上がった手を桜に捕まれる。
(なんでだろう?)
可愛い後輩に手を掴まれただけなのに、嫌な予感しかしないなんて……。
「これ、先輩に似合うと思って、昨日、デパートで爆買いしちゃいましたぁ」
バサバサバサ、と畳に広げられた洋服。
どれもこれも、俺が絶対に手に取らないやつ!
「これなんかは、もう少し暑くなった時期にはいいですよ? あと、これは、今がちょうどいいくらいですね。それから……」
桜がいろいろと説明してくれるけど、右から左だ。
フリルはダメだ、小花柄もムリ、ドットもちょっと……、っていうか、俺に似合うって、全部スカートじゃないかぁっ!
「さ、さくら、ご、ごめ、おれ、ごはん、の、した、く、」
後退りながら台所へ逃げようとする。
「先輩、試着、してみてください」
「む、ムリぃっ!」
「あ、先輩!」
どうにか逃げ込んだけど、台所に逃げてどうするんだ、俺!
袋のネズミじゃないか!
「せーんぱい?」
サスペンスドラマのように、桜が迫って来る。
冷蔵庫の前まで逃げたものの、背後も側面も壁、壁、壁。
逃げ道なんて、ない。
「先輩、可愛いですよ、きっと。とっても似合うと思うんです」
「む、ムリムリムリムリ、ムリだって、」
「せっかく女の子になったんですから、楽しまないと、ね?」
「いや、いい。そ、そういうのは、もっと大人になってからでいい、です」
「もう十九、というか、もうすぐ二十歳じゃないですか。もう大人ですよ、先輩」
そんなにっこり笑って言われても!
「ライダー、先輩を捕まえて」
「ちょっ、桜? さ、桜、さん?」
恐いぞ桜、ライダーに向ける目が、聖杯戦争してるんじゃないかって、顔してるけど?
「士郎、観念なさい」
「ヒッ!」
声にならない悲鳴が漏れた。
ズルズルと背中が壁を滑り落ちていく。ぺた、と床に尻餅をついた。
作品名:DEFORMER 5 ――リスタート編 作家名:さやけ