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DEFORMER 5 ――リスタート編

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 あの日、消えてしまった士郎を、みなが探し、追い、そうして帰ってきた士郎を一目でもいいからと……。
 嘆かずにはいられない身体でも、ここに帰り、再スタートを切る決断をしてよかったようだ。あのまま新都のマンションで過ごすこともできたが、士郎は、自宅に戻る、と、学校に通う、と決めた。
 正解だったと思う。
 コソコソと逃げるようにして以前の知り合いから姿を隠していては、友人たちの想いを知ることもなかったのだから。
 突然の来訪で凛を恨んだが、それほどのことでもなかった。士郎には、むしろプラスに働いた。
 彼らが少々強引に訪ねてくれなければ、士郎は自分から会おうとはしなかっただろうし、彼らの想いも知らずにいたはず。
(彼らは、士郎のことを何より慮っている……)
 私はただ、士郎に心苦しい思いをしてほしくないとばかり考えていただけだ。士郎を支えようと思うが、いったい私には、何ができるのだろうか……。
 少し、自信を失いそうになる。
 このままでいいのかと、士郎をただ、庇護しているだけで十分なのか……と。
 彼らとの接触は、私に、いろいろな疑問を投げかけてきた。


 凛とセイバーの荷物持ちをして遠坂邸へ行き、その帰り道、士郎と夜道を歩いた。
「たくさんさ……」
 ぽつり、とこぼれた声に耳を傾ける。
「俺、みんなに、迷惑かけ――」
「それは違う」
「え?」
「迷惑などと、誰も思っていないはずだ」
「え……」
「みな、お前を取り戻したいと思った。ただ、それだけだ」
「う……ん」
 アスファルトを映したままの琥珀色の瞳は、何を見つめているのか?
「俺……、ちゃんとしないとなって、思う……」
 士郎の言葉は、どこか義務的だ。
「みんなが……、俺のために、いろいろと、」
「士郎」
 腕を掴み、こちらを振り向かせた。見上げる琥珀は私を映している。
「確かに、探してくれた、見つけてくれた、世話を焼いてくれた、それに応えようと思うのは無理もない。だがな、それは、みな、お前の与り知らぬ気持ちだ。お前がそう願ったわけではない、違うか?」
「でも、」
「お前が、みなに応えようと思うのなら、まず、お前自身が自分と向き合え」
「え……?」
「お前はまだ抱えているだろう?」
「なに……を……?」
「ここか、ここの、奥深くに……」
 士郎の胸の中心に左の掌を当て、右手で側頭部に触れる。
「おく……ふかく……?」
 繰り返す士郎の声は、どこかぼんやりとしている。
「無理に思い出そうとしなくていい。だが、お前は何か、しまい込もうとしていることがあるだろう?」
「わか……らな……」
「このままではそのことが、いずれ軋みを上げて、お前を苛むかもしれない。私では手に負えないかもしれない」
「アーチャー?」
「不安なんだ、士郎」
「え?」
「お前が、フラフラと、綱渡りをしているようで、私は……」
 こんなことを士郎に訴えてどうするというのか。いまだ士郎も、自分自身が何に苛まれているのか判然としていないというのに……。
「大丈夫だよ、アーチャー」
 私の頬を包む冷たい手。
 士郎の手足は、たいがい冷えている。熱く抱き合えばその時は体温を取り戻しているが、それ以外の時は、いつも……。
 これは、身体をつくり変えられた影響なのだろうか?
 末端にまで血が巡りにくくなったのだろうか?
「アーチャーがいれば、それだけで、大丈夫だ」
 士郎は困ったように笑う。その表情は、なぜか胸が痛くなる。笑っているようなのに、心から笑っていない。
 楽しそうに笑っている時もあるというのに、こういう時にはどうして、そんな、不安をかき立てられるような笑い方なのか……。
「士郎、帰ろう」
 抱きしめて、腕で締めつけて、不安を拭うために士郎を閉じ込める。
「う、うん、わ、わかった、けど、こんなことしたら、歩けない、って、」
 確かにこれでは士郎は歩けない。帰ろうと私は言いながら、士郎の歩く術を奪っているのだから、これでは帰るに帰れない。
「そうだな」
 前屈みになっていた身体を起こす。
「え?」
 そのまま士郎を抱き上げた。
「帰ろう」
「ば、バカ、下ろせよ!」
「却下だな」
「は?」
 士郎を対面で抱っこして歩き出す。
「重いだろ? 下ろせってば」
「軽いものだ。サーヴァントの筋力をなめるなよ」
「はー……、わかったよ、もう、好きにしろよ」
「了解だ」
 私の肩に顎を載せ、手足を絡めて抱きついてきた士郎に、悪い気はしない。
「アーチャー、俺さ……、痛かったんだ……」
「ああ」
 身体を変えられた時のことは覚えているのか。
 いや、その痛みだけを覚えているのか?
「痛くて、それしか、なくて……」
 恐かったんだ、と初めて士郎はこぼした。
 痛かった上に恐かったと、その時のことを教えてくれる。
 檻の中で、簡易のベッドはあったが、痛みでのたうち回るために、冷たい鉄板の上に転がっているしかなかったと、士郎は吐露した。
 苦々しさを噛みしめて、その時のことを聞く。
 あの魔術師を今すぐ刻みに行きたい。
 そんな苦痛を与えてと、お前にも同じ痛みを味わわせてやると、ほとぼりがおさまりかけていた怨念めいたものが、沸々と湧いてくる。
「よく……、耐えたな……」
 柔らかい手触りの髪に触れ、頭を撫でる。
(そんな日々を一年も……)
 なぜ、あの魔術師はそんな危険なことをしたのか。
 ただの興味本位だとでもいうのか?
 強烈な痛みが続けば、ショック死をする可能性もあるはずだろう?
 そんな危険を冒してまで、いったい何がしたかったのだ。
 あの魔術師の仕打ちに士郎が耐えきれず、命を落としていたらと思うと、寒気しか感じない。
「よく……生きていてくれたっ……」
 悔しさが拭えない。
 士郎がそんな目に遭っている間、私はあの魔術師を見ていたのだ。捕らわれて、何をすることもできず、ただ蠢く肉に怖気を覚えているだけで……。
 あの時、私が手を下すことができたなら、士郎はこんな姿にならずにすんだかもしれない。
 過ぎたことをどうこう言っても仕方がないのはわかっているが、口惜しさだけは如何ともしがたい。
 そして、凛が言った、もう士郎の身体は同じ負荷に耐えられない、という事実。
 それは、あの魔術師自身がこぼしたのだという。
 無理やりに変えられた身体を元に戻すことは不可能に近いと。そんなことをすれば、肉体が滅びると。
(それをわかっていながら……)
 なぜだ、と噛みしめた奥歯が、ぎり、と音を立てた。
「アーチャーは、あったかいなぁ……」
 士郎の呟きが聞こえる。
「俺、手とか足が、いつも冷たくてさ」
 間違いない。それは身体を変えられた影響だろう。だが、その事実を士郎に突きつけたところで、なんになるのか。だから私は他愛のない会話にすり替える。
「女子だな」
「えー……」
 うんざりとした声に少し安堵する。
「女性は冷え性だと、よく言うだろう?」
「そうだけど……」
「温めてやるさ」
 夜空を見上げれば、丸くなりかけたおぼろ月。
「お前が嫌というほどな」
「スケベ」
「何がだ」
 納得がいかない。
「アーチャーが言うと、なんか、やらしいんだよ……」
「どういう意味だ」
「まんまの意味だよ」