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鳥籠3

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真剣なシャアの視線にアムロの肩がビクリと揺れる。
「大切な話?」
「ああ、詳しい事は後で話す。」
「…はい…。」
テーブルの下で握った拳が震える。
『ああ…とうとう…行ってしまうんだ…これで終わりなんだ…』
「ごちそうさま…」
アムロは顔を伏せたままダイニングルームを後にする。
その様子を使用人達が不安気に見つめた。
「大佐…」
家令の老紳士が堪らずシャアに問い掛ける。
「大丈夫だ。心配するな。」
そう告げるとシャアもその場を後にした。


アムロはテーブルセットの椅子の上で両足を抱え込み顔を伏せる。
『シャアは行ってしまう…。この鳥籠にはもう帰ってきてくれないんだ…。』
「分かっていた事だ。今更何でショックを受けてる!シャイアンから出してもらっただけでも感謝しなくちゃ…」
必死に自分に言い聞かせるが身体の震えが止まらない…。
「…っ」
と、そこにドアをノックする音がする。
アムロはビクリと肩を揺らしゆっくりと顔を上げた。
「アムロ、私だ。入るぞ。」
アムロの返事を聞く前にガチャリとドアが開き、シャアが部屋に入ってきた。
アムロはシャアを見つめながらゆっくりと抱えた足を下ろす。
シャアはアムロの向かい側の椅子に座るとテーブルに肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せてアムロを見つめる。
「アムロ。私は任務の為、2週間後に連邦軍内に潜入し、反連邦組織エゥーゴに参加する。」
アムロはシャアの言葉を聞きながら「ああ、やっぱり…」と思う。
「おそらく宇宙に上がることになるだろう。」
「…そうです…か…。」
アムロから、まるで人形の様に表情が無くなっていく。
「わかりました。」
「アムロ?」
此処にきた当初の様なガラス玉の瞳はシャアを見つめてはいるがそこにシャアは写っていない。
「僕は貴方のものだから…貴方の意思に従います。」
「アムロ、私の瞳を見なさい。」
「…見てますよ…」
シャアは小さく溜め息を吐くと席を立つ。
「…一つ…、お願いがあります…。」
虚ろな目をしたアムロがシャアに向かって悲しく微笑む。
「なんだ?」
「ここを出ていく前に…僕を殺して下さい。」
にっこり微笑みながら告げるアムロにシャアが目を見開く。
「僕は貴方のものだから…不要になったのなら廃棄して下さい。」
「アムロ!」
シャアはアムロの元まで歩み寄るとその肩を掴んで叫ぶ。
「何を言っている!?」
「ふふ…。だって…僕はこの鳥籠の中でだけしか生きられないから…鑑賞してくれる人が居なくなるなら生きている意味が無いでしょう?」
クスクスと笑いながらシャアを見上げる。
「アムロ…」
シャアはアムロの顎を掴むとそっと上向かせる。
「もう暗示は解けているだろう?もうそんな振りはしなくていい。」
「何を言っているの?言ってる意味がよく分からないよ。」
そう語りながらもアムロの瞳からは涙が零れる。
「…アムロ…」
「お願いだ。置いて行くのなら殺してくれ!」
シャアは思わずギュッとアムロを抱き締める。
そして、耳元でそっと囁やく。
「…誰が置いて行くと言った?」
「…え?」
シャアの言っている意味が理解できずアムロが聞き返す。
シャアは顔を上げるとそっとアムロに口付ける。
「君も連れて行く。」
アムロは目を見開きシャアの瞳を見上げる。
「ふっ、やっと私の瞳を見たな。」
「…どういう事?」
「君も連れて行くと言っている。」
「…?」
「この鳥籠から出る時が来たのだよ。」
「シャ…ア…?」
呆然とするアムロを見つめてシャアが微笑む。
「君の体調も回復した。もうここから出てもいい頃だ。これから潜入するのは連邦と言っても反連邦組織だ。今、連邦はティターンズとエゥーゴに分かれて内部分裂を起こしている。ここで内部から連邦を変えて行き、スペースノイドの自由を勝ち取る。」
シャアのその言葉にアムロの身体から力が抜けていく。ガクリと身体が揺れて椅子から落ちそうになるのをシャアの力強い腕が支える。
「アムロ、私と来てくれるか?」
アムロはただ呆然とシャアの腕に縋り付き、驚きで何も答えることが出来ない。
そんなアムロの頬を両手で包み込み視線を合わせる。
「アムロ、私と共に宇宙に上がり傍で支えて欲しい。」
アムロは自身を見つめるシャアの真剣な瞳に戸惑いを隠せない。
「…僕なんかが傍にいていいの?連邦の研究者は僕の事を“化け物”だって言ってたよ。そんな僕が貴方の隣にいて良いの?」
縋るような瞳で見つめるアムロにシャアが優しく微笑む。
「君は化け物などでは無い。人類の革新たるニュータイプだ。それに、私は君がニュータイプで無くとも君に傍にいて欲しい。君が良いんだ。」
「シャア…」
シャアを見上げるアムロの瞳から大粒の涙が零れる。
「…たい…」
「アムロ?」
「貴方の傍に…いたい。」
シャアはポロポロと涙を流すアムロを優しく抱きしめる。
「ああ…、傍にいてくれ…。」


そして、アムロはシャアと共に数年を過ごした鳥籠を飛び立った。
操られているのでは無く、自分自身の意思で…。


end



【おまけ】

サイド7に向かい航行中のアーガマの艦内。クルー達の食事が一通り終わり、静けさを取り戻した食堂の厨房をアムロは目的の人物を探して覗き込む。
「どうしたんですか?アムロ大尉」
調理担当の女性クルーがアムロに声を掛ける。
目的の人物を見つけたアムロは満面の笑みを浮かべると、お願いするように両手を顔の前で合わせる。
「あのさ、いつもの“アレ”貰える?」
女性クルーは軽く肩を上げると、小さく溜め息をつき、厨房に戻って依頼のものを小さなお皿に乗せてアムロへと差し出す。
「もう、仕方ないですね。みんなには内緒ですよ。」
「ありがとう!!」
アムロは差し出されたそれを手で摘むとそのまま口に入れる。
「ん!美味しい」
嬉しそうに頬張るアムロに女性クルーの表情が緩む。
「本当にお好きですね。」
「うん。戦闘の後はさ、無性に甘いものが欲しくなるんだよね。」
女性クルーはその、“冷凍苺”を見つめて小さく微笑む。本当は生のものが一番良いが、宇宙で生の果物など手には入らない。しかし、それでもアムロはそれを嬉しそうに食べる。
「それにさ、これには凄く優しくしてもらった思い出があるから…。」
最後の一つを口に入れると、アムロは「ありがとう」と告げて食堂を去って行った。

女性クルーが空になったお皿を見つめているとそこに一人の男が現れる。
「よう!調子はどうだ?」
「それは私の事?それともアムロ様の事?」
「両方だよ」
女性クルーはクスリと笑ってお皿を片付ける。
「私の方は問題ないわよ。でも、あのお屋敷から出て、まさか一緒に連邦に潜入するとは思わなかったわ。貴方もそうでしょう?アポリー中尉?」
「ふふ、まあな。」
そう、二人はあの鳥籠の屋敷でアムロとシャアに仕えていた使用人だ。
「それにアムロ様の事は貴方の方がよく知っているんじゃないの?」
「まぁな。」
少年から青年へと成長したアムロはパイロットとしても完全復帰し、今ではシャアと並ぶエースパイロットだ。
「あの時、苺を食べてボロボロ涙を流してた泣き虫ボウヤとは思えない程の凄腕パイロットだよ。」
アポリーがクスクス笑いながら答える。
作品名:鳥籠3 作家名:koyuho