【たった一言「愛しているよ」と何度でも囁こう。】
そして年が明け山茶花の花が枯れてきた頃、その時は唐突にやってきた。
「…綴琉…ごめん。
やっぱり私は貴方とは一緒に”生きられない”」
『…は…?何言って…』
「…ううん、そもそも人と妖が一緒に生きていくこと自体無理な話だったんだって、今なら思う。」
『少し落ち着け、何言ってる。
何で無理だと決めつけたんだ』
突然すぎる別れを告げる彼女と目を合わせた。
まっすぐに目を向ける。
それを決して曲げることはしない。
いつもなら彼女も目を合わせてたはずだ。
だけど彼女の視線はすぐにそらされた。
「…私はあなたが思ってるほど綺麗な女じゃない。
…私は簡単に貴方を裏切ることができる、人ってそういうものなの。
…綴琉。…私は貴方のこと好きでもなんでもなかった、最初から。」
『…嘘だ。』
「ほんと。貴方に殺されるのが嫌で従ってただけ」
『それも嘘だな。お前なら俺を封じ込めるくらい出来たはずだ。』
「っ、…貴方が怖かった。だからできなかった。」
『お前はそんな弱い女じゃねえ』
ふいに、予想もしなかった彼女からの言葉に戸惑った。
俺は一瞬動揺した。でもそんなことしてる場合ではない
直ぐに俺は彼女の言葉に返す。
互いに笑はない、そこにあるのは、否定と否定のぶつかり合いだった。
「…ッ私は!」『冬花!!』
『…何を、隠してる。腹の子の事か?』
「…ッ…綴琉。ひとつだけ、ほんとよ。
私、綺麗な女じゃない。
だって、この、このこは…ッ、あなたの子じゃないんだものっ…!」
『……は?』
声をいきなり荒げた冬花に驚く間もなく名前を呼び制した。
そして告げられた言葉。
頭が真っ白になった。
まるで、何か毒薬でも飲まされたように酷く頭も痛んだ。
理解するまで時間がかかりそれが理解できると頭を抱えた。
「…っ、ごめん、ごめんなさい…っ」
『…っ、…うそ、だろ……待てよ、どういうことだ。
誰なんだよ、ソイツ。まず、なんでいままで言わなかったんだ。
俺はお前のこと、信じていたから…!お前から言ってくれるのを待ってた。
なのに、どうしようもなくなってから…こん、な…。』
こんなの、酷すぎるだろう。
長く生きていればこんなことも幾度かあったはず。
妖相手だったら尚更、長く一緒に居れば互いに飽きては別れの繰り返しだった。
以前のように大丈夫だと言って許せばいいだけの話さ。
なのになんで許せないのか、どうして。
俺は冬花を責めたいわけじゃない、苦しめたいわけじゃない。
笑っていて欲しい。俺が我慢すればいい?
それとも別れを受け入れれば良かったのか?
残念ながら俺にはそのようなことは出来ない。
ましてや別れを受け入れることなど。
抑えろ、抑えろ、どんなに己の中の殺意と嫉妬を押さえつけようとしてもそれがうまくいかなかった。
「いたいっ…は、…言えない…言えるわけが…ないじゃない
どれも言えない!言ったら貴方は殺しに行くでしょう!?」
『なにを…当たり前だろう、人の女に手をつけておいて殺されないと思ってる男がいるってぇのか?
お前が言わないならいい、自力で捜す。お前はそこに”いればいい”。』
「待って、待ってよ、綴琉!!!!行かないで!!!!!!行くなッ!!!!!」
『…大丈夫だ、直ぐに帰る』
歩き始めた俺にすがりつくように冬花は泣き喚く。
本当なら抱きしめて、いかないだろう。
だけど、俺は微笑むだけで冬花をおいて都に降りた。
ああ、…本当に人を許せないというのはこういう感情なのだろう。
許せない、ではもうすまない。
憎い、憎くて憎くて憎くて。壊れてしまいそうな程に。
憎ったらしい。
誰が?
ふいに脳裏に浮かんだ問い掛け。
…そんな答え、嫌でもわかっている。
でも俺は、冬花を憎む資格はない。
だから俺が、赦せないのは、俺と、もう一人の男だ。
そして都に降りると陰陽師の屋敷の結界をぶっ壊した。
陰陽師もまだそれができたばかりで術もまだ然程強力ではない。
それが救いだった。
そして結界が破られたことで騒ぎ始める陰陽師たちをすり抜けてある一室に向かう。
冬花の涙の匂いが残っている場所へただ向かう。
その部屋には、青年が一人。
それを見た瞬間、相手の言葉を聞く余裕などなくただ殺意が沸いた。
『お前か、俺の嫁に手ェだした屑は』
「…!!本当にあいつ妖怪と住んでたのか、陰陽師のくせに…ッぐっ!!」
『…んなことは聞いてねぇんだよ、いいから答えろ。
俺の嫁を傷つけたのはお前か、って聞いてんだ。
いいからとっとと答えろ、屑。殺されてぇのか、それとも吐くまで拷問されたいのか』
まあ俺はどちらでもいいが。
…ああ、普通の人の男なら殺すまでも拷問までもしないだろう。
男の首に手を回し壁に叩きつける。
俺の訪問は突然だったのだろう、札もなにも手にないらしく無力な抵抗しか示さない男にざまあみろと笑った。
俺の醜い部分が垣間見えて、俺は一瞬俺を嫌った。
「……そうだつったら?」
『…喰っちまうまでだ』
「どっちこっち殺されるじゃねえか」
『いいや、俺は優しい方なんでな。優しく食ってやるってことだ。
生かされる訳無いだろう、お前が生きているだけでこの世に虫酸が走る』
肯定の言葉に先程怒り狂っていた感情が一気に冷め切った。
怒りの頂点がここまで冷めるとは。
己でも意外だった。
こんな言葉のやり取り、不毛である。
さっさと殺ってしまえばいい。
だけど俺を止める何かが邪魔をした。
邪魔をされても俺の中の黒い感情は落ち着くことを知らないままだ。
「…お前、イカれてるよ」
『…イカレさせたのは誰だろうな‥、アイツが悲しまないために俺は形だけでも人として生きようと決めたのに。
本能が疼いても我慢してきたんだぜ、これでも。』
男の嘲笑うような笑みに同じような笑みを返した。
それを壊したのはお前なんだと。
妖でありながら何年も人を襲わず人の食物だけを口にし、生きてきた。
力も落ちるはずだ。
それでも、俺は、冬花と共にいるのが楽しかったから、
幸せだったから、愛おしかったから、俺は妖としての自分を殺してもいいと思えてたのに。
それを、この男が壊したと実感するだけでも憎悪が溢れ出てくる。
「…ッぐっ…」
『…まあお前だけを責めはしないさ。
アイツを護りきれなかった俺も同罪だからな、』
「この、化け犬が…!!」
『…どうと、でも…言えよ。
アイツのために我慢したくても痛い痛いって俺の胸が痛すぎてお前を殺さねぇと気がすまねえんだよ!』
そう叫んだ途端涙が零れおちた。
それが己の不甲斐なさか、後悔か…もう分からないが、男の首に爪を立てる。
ああ、食いちぎってやりたい、このまま。
もう、ツキツキツキツキ、胸が痛んで締め付けられて、呼吸がうまくできなくて俺は死んでしまうから。
俺は牙を剥き出し男の首に向かって噛み付いた。
…正直そこからどうなったか覚えていない。
わかるのは俺とこの一室が血にまみれていることだけ。
そして噛み付いたはずの男の姿はもうない。
口の中に残るのはとても甘美な味。
だけど満たされない、満たされずじまいだ。
作品名:【たった一言「愛しているよ」と何度でも囁こう。】 作家名:サザンカ