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奏で始める物語【夏】そのいち

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 クラスメートと仲良く出来るかという不安は皆無だった。経験上自分が無理をしても空回るだけだと知っていたし、何より近藤や沖田、山崎も同じクラスだったので、何も気負って新しい友人を作らなくてもいいと思ったからだ。
 しかし、意外にも一ヶ月という短期間で土方にしては珍しくクラスメート全員と気軽に会話が出来る仲になった。一年、二年生の時のクラスでは一年経っても挨拶ぐらいしか出来ないクラスメートの方が占めていた土方にしてみればこれは本当に稀有なケースだった。
 これも一概にZ組の面々が皆良い意味で『変わって』いるおかげだろう、と土方は考えていた。おかげで土方の疎まれる原因である生真面目さや頑固な性格も気にならないのだろう。
 授業中はやはり幾分大人しくなるZ組の面々だが、休み時間に入った途端に騒がしくなる。普段の土方ならばそれに眉を寄せて静かに一人で教室を後にするところなのだが、何故だがZ組の騒がしさは不快ではなかった。偶に自分も巻き込まれるそれもあまり表情には出さないが、楽しいとさえ思えた。
 このクラスの一員になれたことを土方は心底喜んだ。
 上手くクラスに馴染めたことを密かに安堵していた土方に、それを見抜いた近藤は「トシは凄く真っ直ぐで良い奴なんだから、もっと自信を持て!」と、背中を力強く叩き、それと同じぐらい力のある笑みを向けた。
 こういう風に周囲の人間の良い所を真っ直ぐに受け止め、素直に口に出せるのが近藤の長所で、土方はそんな近藤に好意を持ち、憧れていた。
 そして、新学期に抱えていた不安の元――銀八と上手く交流出来るかどうか――も、今や払拭されつつあった。
 何故かは土方にも分からなかったが銀八は一年、二年生の時と違ってやたらと土方を構うようになったのだ。やはり面白い返しは出来ない土方だったが、これも何故だか銀八は楽しそうで、懲りずに構う。
 何故だ。何故なんだろう。
 土方は幾度も疑問に思ったが、それに満足いく答えは結局いつも出ず、最後は――理由は分からないが、銀八と話せるならそれでいい――と、自分を納得させるのが常となってしまった。

 ゴールデンウィーク中も部活動は行われる。
 夏の大会に向けて、三年生である近藤、土方、沖田らは特に力の入った練習を毎日のように行っていた。
 その日も例に漏れず、朝から夕暮れまでみっちりと練習を行った面々は失った水分を補給する為にスポーツ飲料を極上の品よろしく、美味しそうに飲み干していく。
 合間合間に水分補給や休憩を行っているとは言え、やはり終了の合図と共に疲れはドッと襲ってくるもので、武道場の隅々で部員は座り込んでいる。
「お疲れさん、トシ」
「お疲れさま」
 綺麗な黒髪からしたたり落ちる汗を拭っていた土方のところへ、部員への指導に加え、自身の練習量も半端ではなかった筈の近藤が実に爽やかな笑顔を向ける。
 彼が部長を務めるのは何も人望だけではない。やはりそれだけの実力が伴っているのだ。そして、部長を支える副部長である土方もまた剣道部では一目置かれる存在である。近藤ほど部活動中に尋常ではない練習量は行わないものの、彼は帰宅後近所の公園や自室での鍛錬を怠らない。それがあってこその今の実力だということを知るの者は少ない。
 数少ない者の中の一人である近藤はだからこそ土方が好きだった。生徒の中には『たかが部活動』と見る者もいる中、一度己が決めた事を真っ直ぐと見据え、それに対する努力を怠らない彼の性格が好きだった。
 スポーツタオルを首から提げた状態で土方の隣に腰を下ろした近藤は「そういえば」と話を切り出す。
「先生との勉強会は明日だが、トシ来れそうか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。校門で十時集合だろ?」
「そうだ。Z組は殆ど参加するらしいからなー。相当な人数になるだろうな」
「――俺らのクラスだけじゃねーのか?」
 初耳だ、とばかりに土方は聞き返す。
「知らなかったか? 最初は俺達だけでする予定だったんだが、何処からか話が漏れて他のクラスの生徒も参加したいって言ってきたらしくてな。先生はそんな大人数相手はさすがにって渋ったらしいんだが、服部先生や坂本先生も参加してくれることになって、だったらって了承してくれたらしい」
「いつの間にそんな大きな話になってんだよ……」
 土方としてはZ組と銀八だけの勉強会だと思っていただけに驚きを隠せない。まさか他の教師まで参加するほどの大事になっているとは、全く知らなかった。
 驚きと同時に落胆を感じている自分に土方は気付いていた。
 Z組以外に他のクラスの生徒、そして二人の教師。こんな規模になれば銀八が自分の所へ教えにきてくれる可能性は格段に減ってしまうだろう。どらかと言えば土方は社会科が不得手だ。歴史などの暗記物がどうにも苦手なのだ。だとすれば服部が中心となって教えてくれるだろう。
 己の心情が溜息となって表れてしまう。
「どうした? 疲れたか? やっぱり明日は無理せず休んでもいいんだぞ?」
「あ、いや、大丈夫だよ。本当に」 
 心配げに伺ってくる近藤に自身の不純な想いを悟られまいと大げさに手を振る。そこへ頭上から声がかかる。
「あれぐらいで疲れたとかほざいてるんじゃあ次の試合の副将は俺が務めた方がいいんじゃありませんか? いえいえ、ご心配なく。土方さんの分まで立派に務め上げて見せますぜィ」
 剣道部の中で腹の立つ言葉を遠慮なく言ってくる友人は土方の中で一人しか心当たりがない。
「――心配も何もてめぇに副将を譲る気はねーよ」
 ギロリと見上げれば不敵な笑みで、こちらは見下ろしている沖田が居た。
 沖田は入部当初から顧問や先輩も目を瞠るほどの実力を発揮してきた。土方とは真逆の天才肌だ。
 土方ら三人が試合に出場出来るようになってから、しかし、一度たりともその沖田に土方は地位を譲った事はない。
 一対一の勝負は五分五分といったところだ。太刀筋などが全く異なる二人の立ち合いは剣道部の誰もが目を離せなくなる。
「ま、それはまた夏に勝負をつけるっつー事で」
 自分で言っておきながら面倒くさそうに肩を上げて言った沖田はそのまま、やはり土方の隣に座るとそこにあったペットボトルに口をつける。
「あ、てめぇそれ俺のだろうが!」
「そーんなケチくさいこと言わないでくださいよ。俺と土方さんとの仲じゃないですか」
「一体どんな仲だ!?」
 いきり立つ土方を見ながら沖田は――あれ? 何かこの間もこんなやり取りしたような?――と不意に思うが、思い出すのが面倒になり、直ぐに考えるのをやめた。
 残り少なかったそれを遠慮なく飲み干すと、濡れた口元を拭う。いつもの事だと諦めたのか、土方は呆れた視線を沖田へ寄越す。
「で、明日の勉強会の話でしたっけ?」
「聞いてやがったのか」
「俺も参加するんでゆーっくり休んでいてそのまま布団の中で永眠しやがれ土方コノヤロー」
「お前も?」
 訝しげな目になった土方に沖田は眉尻を上げる。
「何ですか。俺が勉強会に出るのがそんなに意外ですかィ?」
「いや、お前のことだから折角部活も休みだからって家でゴロゴロする方を選ぶもんだと」