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奏で始める物語【夏】そのいち

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「先生ってば、まさかそれで私の電話番号をはじきだそうとか考えてんじゃないですよねー?」
「ギクッ! あははは! あははは!」
 物音とやり取りは静かな土方達の教室には丸聞こえだ。
「……ハアー、俺はつくづくお前らの担当で良かったよ……」
 額に手を当て、重い溜息を吐いた服部は心底そう思っているような物言いをした。そして、生徒の誰もが「そうだろうな」と心の中で同意した。
――ていうか、近藤さん志村姉が目当てで坂本先生の所に行ったのかよ……。
 本気で尊敬している相手だけに近藤のお妙に対するストーカー行為は頭の痛い問題だった土方は、服部同様頭を抱えるしかなかった。

「近藤さん、今度こそ志村姉に殺されてないといいですけどねぇ」

 突然右隣から聞こえた声に驚いた土方は勢いよく顔を上げる。
 目を見開いている土方の表情を面白そうに見やるのは沖田だった。
 教室で席に着いた時には不自然に土方から離れた場所に居た彼が今は土方の隣の席を陣取っていた。
 直ぐに取り繕うように怪訝な顔つきを作った土方は声を低くして「何だよ」とつっけんどんで言った。
 沖田からしてみればそんな土方の態度は日常茶飯事なものであり、気に留めた様子もなく言葉を続ける。
「山崎も旦那の方へ行ってますしねぇ。あ、でも原田がいるから何とかなりそうですねぃ。良かった、良かった」
 沖田が言いたいことは近藤のことではないのだろう、と土方は思った。本当に心配であるなら沖田は土方への嫌がらせよりも近藤を優先する筈だからだ。彼がどれ程近藤を慕っているかを土方は知っている。同時に沖田も土方がどれ程近藤を大切に思っているかも知っていた。
 その二人が別の教室に居る今は本当に近藤にとって危機ではないのだ。しかし、わざわざその話題を出してくる辺り、沖田は何か当て擦りのように土方を試しているのか、もしくは楽しんでいるのだろう。後者の可能性が高いと直感で感じた土方だった。
「……そんなに気になるんならてめぇが様子見にいってくればいいだろ」
「いえいえ、俺はお勉強しなくちゃいけないんでねぇ。土方さんこそ頭抱えるぐらい心配なら素直に行ったらどうですかい?」
 あ、とシャーペンを手先で器用に遊びながら今更気付きましたとばかりに沖田はのたまう。
「それとも旦那の方の教室に行きたいんですかね、土方さんは」
 実に、全くもって嫌味な笑みだ。
 その所為で土方は図星をつかれた事に驚愕するよりも先に嫌悪感を露にした表情になった。
「あれ? 違いましたか? 俺はてっきりそうだと思ったんですがねぃ」
 自信たっぷりなその態度に土方は思わず藪をつついてしまう。
「何で俺がわざわざ先生の所に行かなくちゃいけねぇんだよ。国語は特に問題ねぇよ」
「そうでしたねぇ。でも、今日は成績云々で割り振られてるわけじゃないんですよ? 現に俺も社会は特に問題ありませんが、此処に居ますしねぃ」
「だとしても俺があっちに行く理由は何もねぇだろ」
「何もない、ねぇ」
 含んだ言い方に土方の眉尻が上がる。
「今朝は随分とチャイナと仲良くしてたみたいで」
「――見てたのか」
 遅刻して来た沖田にまさか見られていたとは思わなかった土方は今度こそ動揺を隠せなかった。
 表情の変わった土方に満足したように沖田の笑みが深まる。
「内容までは聞こえませんでしたけどね。でも、チャイナが柄にもなく落ち込んでて、土方さんがそれをやさしーく慰めてたのは分かりましたよ」
「……別に俺は何もしてねぇよ」
「そうですかぃ? 土方さんと話し終わった後のチャイナは気味が悪いぐらいに元気になってましたがねぇ。本当に気に食わねぇ奴だ」
「俺はお前がそこまであいつを毛嫌いする理由の方が気になるけどな。あいつは、」

「可愛い、とか思いました?」

 その一言に土方の頬がカッと赤く染まる。
――この人は自分でポーカーフェイスが上手いと思ってる辺り本当に馬鹿ですねぃ。
 沖田からしてみればこれ程分かりやすい男はいないと思っている。喜怒哀楽が明らかに表情に出てしまうのだ。それが、一瞬であろうと沖田は一度たりとも見逃した事はないつもりだ。だからこそ、土方の想いも誰よりも早く気付くことが出来たのだ。幸か不幸かは別として。
 沖田の考察に全く気付いていない土方はそっぽを向くと小さな声で呟く。
「別に、ただあいつがあんまり先生、先生ってうるせぇから……だから、しょうがなく構ってただけだ」
 答えにはなっていなかったが、先程見た顔に加えて黒髪から覗く赤く染まった耳が雄弁に物語っていた。
 どうしたもんか、と土方の初心さにどす黒いものを心中に抱えながら、しかし漸く己の向けたかった話の流れになった事を見逃さなかった。
「ああ、確かにあいつは旦那の事が好きですねぃ。でも、何であんなに好きなんでしょうね」
「それは、優しいからって言ってたぞ。いっつも優しいって」
 寂しそうな表情と共に語られた神楽の気持ちを思い出しながら土方は答える。
「そうですねぃ。確かに旦那は優しいですよね。誰にでも」
 語尾に力を入れたのは態とだ。それこそ沖田が土方に言いたかったことだったのだ。
「あの人は誰にでも優しいし、誰にも分け隔てなく構う。だから、人気なんでしょうね。今日これだけの奴らが出席したのが良い証拠ですねぃ」
 勿論中には真面目に勉強をしに来た者も、坂本や服部目当ての者もいるのだろうが、今の沖田にはそれは何ら興味の無いことだった。
 大事なのは。

「あの人にとって特別な生徒なんていないんでしょうね」
「っ!」

 沖田の言葉に土方は瞬時に身を硬くした。先程まで赤かった耳もすっかりと肌色に戻っている。今は沖田から見えない顔は、もしかすると青褪めてしまうところまでいっているかもしれない。
「土方さん、どうしたんですかぃ?」
 口調に気をつけながら沖田は土方の様子を伺った。
「な、んでも、ねぇ」
 搾り出すような声は痛々しく、――そんな事だからチャイナなんかにも慰められちまうって事に気付いてないのかねぇ――沖田は顔を背けている土方をいい事に、にやけていた口元をへの字に曲げた。
「おい、お前らちゃんとやってるのか?」
 他の生徒を見ていた服部が私語を止めない二人に歩み寄ってくる。沖田は「へいへい。ちゃんとやりますって」と、席から立ち上がり、自身の席に戻ろうとした。が、その後ろから土方が今だ顔を背けたままで声をかける。
「――オイ」
「何ですかい?」
「さっきのこと、あいつには絶対言うなよ」
 あいつというのが誰なのか、問い直す必要もなかった。
 鬼の副部長とまで恐れられる土方は、その実呆れるほど甘いことを沖田は知っていた。
 だが、自身でさえショックを受けている筈なのに、あの便底メガネの留学生を気遣う土方は『甘い』を通り越して馬鹿なんじゃないかと沖田は思う。いつかそれが仇になり身を滅ぼすんじゃないのか、それを心配する程沖田は土方に対して甘くはなかったが。

――声がまだ震えてますぜ、って言える程俺もSじゃなかったって方が驚きだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 銀八が誰にでも優しい。
 それは周知の事実だ。土方自身も自覚していた――つもりだった。